八百八十二:泰子さんの話(779) ★火と自由と働くこと(5)
八百八十二:泰子さんの話(779) ★火と自由と働くこと(5)
新聞記事の最後に興味深い一節があった: FIREを実現した人の中には、二年ほど経つと「やりたいことは一通りやってしまった。この先をどう生きればよいか」と相談に来る人がいるという。
私は思わず苦笑した。自由とは、目的を失えば退屈という名に変わる。働かないことが目的であった人は、その目的を達成した瞬間から、「若くして」生き甲斐を失うのだ。これは97の泰子さんと同じじゃないのか! いや、若いだけに泰子さんよりもっと不幸だ。
十九世紀のドイツにシュリーマン(68歳没)という人物がいた。商売の貿易業で巨万の富を築き、引退後、その財産を古代遺跡の発掘に惜しみなく注いだ人である。ギリシャ神話を信じて発掘したトロイ遺跡の発見は、学問の歴史を書き換えた。
彼は財産と時間を得ることを終点とはしなかった。財産と有り余る時間を手段として、自分の情熱を実現したのだ。だから彼の引退には意味があり、泰子さんの期待値通りに「やることがあって、いいな」だった。
シュリーマンが先のFIREと言えるかどうかは別にして、「何かをやりたい目的」があった、とは言える。お金と時間の使い道も理が通り、生活にハリも有った事だろう。昭和初期の専業主婦の生活に戻りたかった先の女性とは、かなり違う。
つづく




