八百八十一:泰子さんの話(778) ★火と自由と働くこと(4)
八百八十一:泰子さんの話(778) ★火と自由と働くこと(4)
人間は、自由だけでは生きられないと思う。不思議なことに、人は束縛されることを嫌う一方で、誰かに必要とされることを求めている。責任を負い、困難に向かい、失敗しながら何かを成し遂げた時にだけ味わえる満足というものが確かにある。別の言葉で、「生き甲斐」ではなかろうか。
FIREとは、お金を貯めて若くして定年退職した人と言い換える事も出来るが、実を言えば、通常の定年に達して退職した人が、果たして総て幸せなのか、という質問にも重ねられる。確かに「仕事をしなくて」幸せな人もいるだろうが、昔の現役生活を懐かしむ人がいるのも事実だ。それは誰かに必要とされる生き甲斐の時代を懐かしんでいる。
先の話で書いたが、一緒に外食した時に97の泰子さんが私へふと発した言葉を思い出す:
「ヒロシは、やることがあっていいな」
短い一言だったが、私はその言葉を今でも忘れられない。そこには「人から必要とされることは幸せだ」という意味が静かに込められていた。
お金がある泰子さんは、いわば毎日がFIREのような生活だ。それを満足とは少しも思っていないようであった。むしろ人が働き、人に頼られ、役目を持って生きている私の姿を眩しいものとして眺めていたのだ。泰子さんの一言は、新聞の記事よりもはるかに深く人生を語っているように思える。
つづく




