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1888/1951

八百七十六:泰子さんの話(773) ★A君の定年退職(5)

八百七十六:泰子さんの話(773) ★A君の定年退職(5)


 私の息子(=営業部長)も、最初はA君の自由勝手な振る舞いを見て、決して快く思わなかった:

「好き勝手に動き過ぎる」


 何度か私に苦情を持ってきた。それも無理はない。規則を守らせる立場から見れば、自由に過ぎるA君は問題児に見える。ところが数年経つうちに、その息子が今度は不思議な事に何かあるたびにA君へ相談しているのだ。人というのは、理屈より経験によって教えられるものらしい。私はその様子を見て、一人で可笑しくなった。


 振り返れば、当初私はA君を特別優遇扱いしたつもりでいた。ところが実際には、その特別扱いのおかげで、会社の方が得をしていたようだ。好きにやらせて貰っているから、A君は損得抜きに彼は会社に恩返しをしようと思っているのかもしれない。本人は何も言わないから分からないが、人は全幅に信頼を寄せられると、信頼に応えようとするものであろうか。私はそう思いたい。


 ビジネスの世界では、金が人を動かすと言われる。もちろん、それは間違いではない。けれども、長く会社を経営してきた私には、それだけとも思えない。義理人情に偏った浪花節的なものを私は余り好きではないが、人は金だけでは動かない: 信頼によって動き、期待によって育ち、感謝によって力を尽くすことがある。A君を見ていて、これを感じる。


つづく

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