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八百八:泰子さんの話(705) ★母校訪問と棚卸し(4)

八百八:泰子さんの話(705) ★母校訪問と棚卸し(4)


 坂本さんとは小学校だけでなく、中学時代や高校時代にも同じクラスになったが、絵を描いていたようには見えなかった。こんな事を覚えている:

 中学三年の9月だったと思うが、同クラスの松林君が夏休みの宿題で描いた、「立派なお寺の門」の絵があった。他の人のと同じように並べて教室の壁に掲げられてあった。確かに上手だった。作画の松林君と坂本さんと私の3人で、たまたま一緒に眺めていた: 


 「アノ門はお寺の外から描いたのね」と坂本さんがコメントし、そのあと「いいや内から描いたんだろう」と私が訂正し、描いた本人の松林君が私を支持した。門が手前に開かれてあったからだ。


 描くのが本当に好きなら、事物への鋭い観察眼を日頃から自然に備えていた筈で、門の内外は瞬時に分かる筈だのにと感じた。当時の坂本さんに絵心が存在していたようには思えない。やっぱり後発の才能で、成長してから発芽したものだろうか。

 彼女も高校時代は受験勉強で絵心どころではなかったかもしれない。才能は開花するチャンスがなく、大学入学後になって初めて開花したのだろうか。何故中学時代には描かなかったのか、次の再会時に今一度本人へ、ちゃんと確かめてみたいと考えている。


 自分の才能に気付くのが遅かった時、本物かどうか先を見通すのは本人でさえ、なかなか分からない。受験勉強の弊害だったと言えなくもない。一方で、「東京芸大へ再入学の話を知らされなかった」と、彼女は残念そうに話したが、この残念さは正当だろうか。正直に言えば冷たいようだが、聞いた時私は殆ど同情を感じなかった。


 それは親ではなく、彼女自身が選択した道と思ったからだ。仮に立場が私なら、決して間違っても彼女のようにはしなかったと思う。もし本当に自分に才能があると信じていたならばーーー、だが。


つづく

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