八百七:泰子さんの話(704) ★母校訪問と棚卸し(3)
八百七:泰子さんの話(704) ★母校訪問と棚卸し(3)
対して、「時々、そう言われるわ、もう間に合わないけれども」と、私へ真顔で応えた坂本さん。
「なるほどーーーー」、こっちの軽口へ真顔過ぎる真顔に接して私は少し戸惑った。
「学生時代にね、神戸大学の文学部だったけれど、指導教官が当時私の描いたのをたまたま見てね、びっくりしたのよ。東京芸術大学を再受験したらどうかと言われたの。」
「ふ~ん。えらいこっちゃ! それは、ただ事じゃなかったね」
「なぜか私に直接言わずに、先生は私の親に言ったのよ」
「ヘエーーーー」
「それを親は断ったのよ。悔しいのは、そういう大事な話を本人の私へ知らせずに、断った事よ。後日聞かされて悔しかったわーーー」
成程、そんな事があったのかーーー。人生の分かれ道は案外と、自分の知らない処で分岐してしまうものらしい。女には不利な時代で、女の人生と男の人生を決める要因は違ったかも知れない。私達が若い頃は、何が何でも女は「結婚が優先」の時代で、オールドミスとか行き遅れという言葉が幅を利かせていたものだ。
特に芸術的才能は、海のものか山のものになるか、本人にも親にも分りはしない。先の分からない絵画の人生よりも、結婚優先の時代背景がそう言わせたのだろうから、坂本さんの親の判断が間違っていたと責める事は出来ない気がした。生真面目な坂本さんの顔へ返事が出来ずに、私は黙っていた。
つづく




