↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/57

09 レオンとの再会

 授業が終わり、暗い廊下を歩いていると、ドアの前に白黒の毛皮が丸まっていた。

 尻尾が立ち上がり、ゆらりと動く。それは私に気づいて顔を上げた。


「こんにちは、確かあなたは――」

「ネイオウ」

「えっ、喋れるの?」

 私は目を丸くした。言葉を話せる猫なんて聞いたことがない。


 ネイオウは起き上がると、少しだけ開いていたドアを前足で押して、中に入る。

 そしてもう一度こちらを振り返った。

「ネイオウ」

 そうか、人の言葉を話せるのではなく、先生が鳴き声を名前にしただけなんだ。

 よく考えればわかることなのに、子どもの頃に絵本で読んだ精霊や神獣かと勘違いした自分が恥ずかしい。


 猫に導かれ、私は先生の研究室へと入っていった。


「失礼します」

 部屋の中は相変わらず暗かった。

 古い紙のにおいがする。乾いた空気が少しだけ目を刺激した。


 奥のテーブルにランプが置かれ、誰かが座っているのが見える。

「あの、先生。お借りしていた本を返しに来ました。ありがとうございました」

 そう言いながら近づくと、その人物が顔を上げた。


 先生じゃない。私より数歳年上に見えるけど、まだ若い。

 彼は私に視線を向けると、顔を傾けて微笑んだ。

「いらっしゃい。フランツ先生は不在だ。私も待たせてもらっている」

「あなた、は――」


 漆黒の髪に黒い瞳。厳しい表情だったけど、とても整った美しい顔――。

 ゴーレムに襲われた時に助けてくれた、あの人だ。

 けれど今は印象が全く違う。柔和で親しみやすい雰囲気がにじみ出ている。


「レオンさまですね。先日はありがとうございました」

 彼はレオン・フォン・グラウフェルスさま。

 あの後調べてみると、二学年上の、子爵家の次男だということがわかった。


 慌てて私は頭を下げる。

「そんなに固くならないで。こちらで一緒に本を読もう」

 そう言って笑い掛けてきた。


「でも、あの……」

 私は一瞬躊躇する。

 兄や――ジーク以外の年の近い男性と、こんなに近くで話すなんて。

「ああ、失礼。レディの君に少し距離が近すぎた」

 彼は立ち上がり、テーブルの端の椅子に座り直す。

「さぁどうぞ。フランツ先生の蔵書は本当に興味深い物が多いから」

 そう言って手元の本に視線を戻した。


 私は居心地の悪さを感じながら椅子に座り、バッグに入っていた本を机の上に置く。

 するとネイオウが隣の椅子に乗ってきて、尻尾をゆらゆらと動かしていた。


「君は、鉱石や魔石に興味があるんだって?」

「は、はい。鉱山領の娘なんです。昔は――魔石がたくさん採れました」

 一冊の本を抜き出し、魔石のページを広げる。

 そこにはよく知られているエネルギー源としての使い方以外にも、様々な――例えば薬になったり、塗料としても使われたり、雨を降らすことだってできると書かれていた。


「へぇ。この世には知らないことが、まだまだたくさんありそうだ」

 興味深げに視線を走らせる彼の瞳は、未知への憧れであふれている。

 初めて会った時のような大人びた、どこか遠くを見る目ではなく、好奇心に満ちた少年のきらめきを瞳に宿していた。


「それは、魔石?」

 私の髪飾りに目を留める。

「こちらですか? はい、そうです。我が領ではいざという時に使えるよう、アクセサリーとして持ち歩ける形に加工しているのです」

 そう言って髪飾りを外して魔石を見せる。

 テーブルのランプが暗いことに気づいて手を伸ばす。


 中央に付いていた魔石を外し、髪飾りの物を代わりにはめ込んだ。

 途端、まばゆい光が部屋中を隅々まで満たした。


「これは驚いた。こんな高出力の光の魔石など見たことがない。さぞ値が張るものだろう」

「いえこれは――」

 普段用だ。パーティーなどで身につける、社交用の高純度の魔石ではない。

 ここまでの出力はないはずだった。


 私は空の魔石に力を込めるだけでなく、魔石の質を高めることもできるの?


 レオンさまはランプを引き寄せ、魔石を眺める。

「君、面白いね。こんなことができる人を私は知らない」

 魔石の常識を変えてしまうかもしれない。そう呟いた。


「こんなにエネルギーが満ちているなら、これが試せるかもしれない」

 そう言いながら、手元のノートのページを破り始める。

 魔法陣だ。小さな術式がいくつも描かれている。


「ランプに貼って、魔石の向きを変えると……」

 光の質が変わった。

 まるで昼間のように明るかった部屋が、落ち着いた夕暮れ時のようなオレンジ色に染まっている。

「他にもあるんだ」

 ひとつは光が弱くなり、手元だけを照らす。もうひとつは真っ直ぐな光が壁の一部だけを白く染めた。


「すごい。同じランプなのに、こんなに変化するなんて」

「魔法陣を組み合わせれば、色々な使い道が出てくる。エネルギー消費を抑えて長く使えるようにできたりとかね」

 湧き上がる好奇心を隠そうともしない。

 魔法陣を描くのが本当に好きなのだと、その言葉から伝わってきた。


 その時、ガチャリと音がして、フランツ先生が戻ってきた。


「おや、お客さんでしたか。不在にしていて失礼。お話でしたらゆっくり聞きますぞ」

 と言って、猫を抱き上げる。


「先生――彼女は、放置していい存在ではないと思います」

 レオンさまの視線は魔石を捉えたまま――離さなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。