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10 祖父の遺した離れ

 今日はどんよりと雲が垂れ込めている。

 気温が上がらず、風が吹きすさび、石造りの建物を凍えさせている。

 暖炉に薪をくべてもなかなか部屋が温まらなくて、私は身を縮めた。


 こんな時は、温泉だ。昔おじいさまがよくそう言っていた。

 鉱山に囲まれたこの地では、熱い温泉が地面から湧き上がる。

 それを離れに引き込んだ。

 私は祖父が作ったお風呂に、湯を満たし始めた。


「随分長いこと使っていなかったけれど、ちゃんと動いた」

 私がここに移る時、おじいさまに仕えていた使用人が、手入れをしてくれた。

 大きな岩をいくつも使った湯船は、とても立派だ。

 勢いよく出るお湯に、私は気をよくする。

 十分に溜まるのを待ってから、まずは温度を確かめた。


 風呂場にひとつランプを持ち込んで、服を脱ぎ、先によく体に湯を掛ける。

 足先からゆっくりと、温度を確かめるように気をつけながら体を沈めた。


 温かい。ジンと痺れるような感覚が体中を駆け巡る。

 ゆっくり身を浸していると、次第に熱に慣れてきた。

 優しい手に包まれているようで心地良い。

 寒くて強張っていた体が、トロトロと解きほぐされていくようだ。


「あら?」

 岩に背中を預けていた私は、湯の底で光る何かに気がついた。

 それは薄暗い中で、まるでステンドグラスのように鮮やかな光を放っている。

「これって魔石?」

 指先で触ってみると、丸い石がいくつもはめ込まれていた。

 赤い石、青い石、黄色や緑は彩りだろうか。

 魔石を埋め込んで、湯の温度管理をしているのかもしれない。


 私はふと背後が明るくなっているのに気がついた。

 背中の岩が、ぼんやりと光を放っている。

「これも魔石? さっきまではただの岩に見えたのに」

 魔石にしては大きい。普通は爪ほどのサイズが多い。

 大きなものもあるにはあるが、とても高価だ。

 ほとんど普通の岩と見分けがつかないけれど、それは薄っすらと緑色の光を宿していた。


「もしかして」

 赤い縞のある岩、真夏の空のように青い岩。それらが湯船を形作っている。

 指先で触れると、わずかに光が漏れ出す。

 我が領は、魔石の産地だ。

 それを見栄や道楽で使ったのかもしれないけれど、それにしては種類が多い。

 まるで何かを試しているようだ。


 温泉で温められた体で触れると光が灯る。

 私の中の熱がスウッと抜けて、魔石は新たなエネルギーで満たされていく。


「おじいさまも、魔石にエネルギーを与えたのかしら」

 私が幼い頃に亡くなられたおじいさま。

 もしかして、私と同じ力を持っていたのだろうか。

 このお風呂は、何かを形にするものなのかもしれなかった。


 お風呂から上がって部屋に戻った時、違和感に気づいた。

 暖かい。さっきまで凍えるほど寒かった部屋が温められている。

「暖炉で温まったの?」

 そう思って振り返ると、小さな火が揺れているだけだった。

 こんなものではとても足りない。でも、どうして?


「あっ……?」

 足元が、暖かい。

 正確に言うと、床が温まっている。

 私はしゃがみこんで石造りの床に手を触れた。


「これは、暖房?」

 あちこちに触れてみると、温かさにムラがある。

 温かい場所とそうではない場所があった。

 まるで床下に何かが流れているようだ。

 お湯そのものを流しているのか、温めた空気を引き込んでいるのか、それとも――。


「お風呂の魔石の力をここまで引いているの?」

 床の石材がキラキラと光っている。

 石を砕いてもう一度平らに固めたようだ。

 温泉の熱を利用して魔石に力を込め、それを部屋まで届けている。

 そんな仕組みをおじいさまは作っていたのか。


 この離れには、おじいさまの思いがある。

 自然を受け入れ、その力を使わせていただくという心が。


 テーブルの上に置いていた魔石をひとつ握りしめる。

「おじいさま」

 

 私もそれを――受け継いだのかもしれない。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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