06 ジークの婚約者
いろいろなことがあったけど、普段と変わらず学院へ登校する。
勉強に追われていれば、嫌なことを考える暇もない。そう思いながら教室へと向かう。
授業が始まる前のざわめきの中で、誰も私などに目を留めなかった。
「まぁエルザさん、婚約が決まったの? おめでとう」
教室からクラスメイトの声が響いている。
婚約――その言葉に、足が止まった。今は聞きたくない話題だった。
「グレイ子爵令息とは、格上ですわね。素晴らしいわ」
かつて親しかった名前が挙がり、私は彫像のように固まってしまった。
彼女は、最近勢いのある男爵家の令嬢だ。
起用したデザイナーが王家の目に留まり、一気に服飾界のトップに躍り出た。
さらに本人も魔力量の多い火魔法の使い手で、魔法実技では上級生を退け注目を浴びていた。
――ジーク、もう次の婚約者が決まったの。
息ができない。昨日あれだけ泣いて吹っ切れたはずなのに、心が冷えて凍りつく。
胸の中の苦しみがぶり返した。
私の婚約話もだけど、彼も決まるのが早すぎる。
まるで話がまとまってから、私との婚約を破棄したのかと疑うほどに。
その時、スッと横切った影が、立ち尽くしていた私の手を握った。
「皆様ごきげんよう。とても賑やかですわね。何のお話?」
そう言って、扉の前に姿を現す。
流れる滝のような金の髪、深い湖を思わせる青い瞳。
何者も恐れずに真っ直ぐに立つ姿は、朝露に濡れた薔薇のように美しい。
振り返ったクラスメイトたちの顔が、笑顔のまま強張った。
侯爵令嬢アデレイド・フォン・アイゼンバルトさまの隣に、私がいたからだ。
「え、ええ。エルザさんの婚約が決まったそうなんですの」
「まぁそれはおめでとうございます」
完璧な令嬢は、人形のように寸分狂いのないお辞儀をすると、花のような顔でニコリと笑った。
「おめでとうございます、エルザさん」
私も後ろから頭を下げる。
彼女たちは顔を見合わせ、型通りのお辞儀をしてから、そそくさと教室を出て行った。
「ところでリディアさん。その髪飾り、素敵ですわね。まるで生きているように魔石が脈動していますわ」
アデレイドさまは頬を紅潮させ、大きな瞳をきらめかせる。
「……ありえませんわ」
そっと手をかざし、何かを確かめるように髪飾りを覆った。
「市場に出れば……魔石の相場が崩れるかもしれませんわね」
私は何を言われているのかわからず、戸惑うばかりだ。
「今度ディナーに行きましょう。心ゆくまでお話したいわ」
そう言って私の手を両手で包み、真っ直ぐな眼差しで貫いた。
授業が終わり、帰路に就く。
馬車はない。
「近いのだから、歩いて行け」と父に言われ、出してもらえなくなった。
子爵令嬢が徒歩通学なんて――と、周囲の人々が眉を顰める。
冷たい視線を避けるように、家路につく生徒の流れにまぎれて、足早に立ち去る。
ただ歩くだけなら健康にもいいかと思ったけれど、先日ゴーレムに襲われかけた。
それに、治安もいいとは決して言えない。
令嬢が一人で歩いていたら、犯罪者にさらわれる心配だってある。
けれど父は、もう私には価値がないと思っているのだろう。
従者をつけようともしなかった。
「考え事をするにはいいかもね」
そう思いながら時々寄り道をして、石がうず高く積まれた、ズリと呼ばれる廃石の山へ足を向けていた。
鉱山で出た不要な石を捨てる場だ。
砕けた石のにおいが広がっていた。
ここでは見落とされた魔石や鉱石が見つかることがある。
私は小さな頃からそれらを探すのが上手かった。
ほんの僅かな時間でも、小さな魔石を見つけ出すことができた。
「今日は風と水の魔石がひとつずつ」
それと、家の敷地内に庭石として捨てられた、使い切った魔石――。
それらもいくつか拾ってきた。
「ただいま戻りました」
誰もいない離れの部屋に私は帰る。
あることを思いついて。
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