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05 別れの贈り物

 ある日父が呼んでいると、若いメイドが私に声を掛けに来た。

 最近は食事すら別だったのにと、嫌な予感が頭をかすめる。


「リディアです。お呼びですかお父さま」

 ノックをしてドアを開けると、窓の外を眺めている父の背中が目に入る。

 ゆっくりと父は振り返った。陽の光で逆光になって、表情は見えない。

 けれど動かした口は、妙に鮮明に目に映った。


「リディア。お前の婚約話が決まった。卒業をしたらライアー男爵令息の元に嫁ぐのだ」

「えっ?」

 突然の宣言だった。

 ジークとの婚約がなくなったばかりなのに、そんな話が進んでいるなんて聞いてない。


「待ってお父さま、どうしてそんな」

「お前に選択の余地はない。これは、決定事項だ」

「お母さまは何とおっしゃっているの。いくらなんでも――」

 父にすがろうとした時に、私を押し止めたのはエーリヒお兄さまだった。


「母上もこのお話はわかっていらっしゃる」

 そう言って、一歩近づく。

「魔力もない、グレイ子爵令息から婚約を破棄されたお前には、話があるだけでもありがたいと思え」

 私は、何も言い返すことができず、ただ唇を噛むしかできなかった。


 ライアー男爵家――。


 それは、遠戚の家だった。

 犯罪者を使役する鉱山を管理している家系だ。

 確かに誰かがやらなければならない大切な仕事で、国からも多大な援助を受けている。

 人にとっては毒になる、危険な鉱山から採れる鉱石はとても貴重で、莫大な利益をあげていた。


 でも――。

 貴族令嬢たちからは、あんな恐ろしい家には近づきたくないと、ひどく評判が悪い。


 荒くれ者たちがぶつかり合い、喧嘩沙汰は日常茶飯事。

 看守たちの感情はマヒし、虐待を繰り返す。

 時には落盤事故が起きて、死者が出ることもあるという。

 男爵夫人は家にこもり、外に出ることもなくなった。


 子爵令嬢が嫁ぐような家ではない。

 そんなところへ、私を――。


 湖の薄い氷の上に立っていた私の足元にヒビが入る。

 冷たい水の中にゆっくりと沈んでいく。


 お父さまは、本当にもう私なんていらないんだ。

 家を守るためなら、娘なんて道具でしかない。

 そんな冷徹な人になってしまったと、思い知らされた。


 私には魔力がない。けれど、エルツベルク家の血は流れている。

 強力な魔力を持つ子どもを期待されての婚姻だとしたら……そこには私の心が入る余地など、どこにもなかった。


 私は放心し、どうやって部屋に戻ったのかもわからなかった。



 ベッドの上で枕を抱いて、押し潰されそうな思いを殺していると、ベルが鳴った。

 出てみると、若いメイドが大きな荷物を抱えて立っている。

「ジーク・グレイさまからのお届け物です」

 そう言って私に押しつけると、すぐに本宅へと引き返した。


「ジークですって!」

 メイドなどもう眼中になく、私は夢中で差出人を見る。


 もしかして、おじさまを説き伏せてくれたのかもしれない。

 私と共に歩むと決意して、家族や親戚、仕事仲間の助けを借りて、行動に出てくれたのかも。


 中身はお詫びのドレスだろうか。

 悲しませてしまって申し訳ない、ぜひこのドレスを身につけて、私と一緒にパーティに出て欲しいと書かれた手紙が入っていたら――。


 震える指先で包装を解き、蓋を開ける。

 頬を紅潮させていた私の顔に、サッと影が走った。


「これは……」

 毎年彼の誕生日に贈っていた、手縫いの刺繍で飾られたハンカチが目に飛び込む。

 箱に入っているのは、男性用のアクセサリーだ。

 領の特産品である魔石がはめ込まれている。緊急時にもエネルギーとして使える高価なものだ。

 それもハンカチと一緒にプレゼントしていた。


「ひ、ひどいよ、ジーク」

 私はタイ留めを手に取り、握りしめる。

 鮮やかな赤の魔石が使われていたそれは、すっかり色褪せてしまっていた。

「魔石を使い切ってから返すなんて……」


 一冬過ごせるほど高純度な魔石がはめ込まれていた。

 魔物に襲われて閉じ込められても、これがあれば魔道具が使える。

 魔道ヒーターで暖を取ることも、料理をする時や武器に使用することだって可能なものだ。

 それを使うだけ使って、もういらないと返すなんて……


 心に刃が突き刺さったように胸が痛む。

 溢れ出た赤い血は涙となって、頬を伝った。


 私はそれを抱きしめて、初めて大声で泣いた。

 もうあの幸せだった日々は戻らない。

 優しく微笑んでくれたあの人はもういない。

「力不足だった」と言われたあの時に、この恋は終わっていたのだとようやく気づいた。

 男爵家へ行けと言われた私を救い出してくれる王子様は、はじめからいなかった。

「さようならジーク……」

 そうつぶやいた私は、けれどまだタイ留めを手放せずにいた。



 翌朝、朝の光が差し込む頃、ようやく私は目を覚ました。

 泣いたまま寝てしまったようだ。

 まぶたが貼り付いてしまって、うまく目が開かない。


 ようやく周りが見えるようになって、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 その時コトリと音がして、何かが落ちた。


「あ、ジークのタイ留め」


 それに気づいて伸ばした手が止まった。


「えっ、これ……」

 朝日の中で輝いている。

 手に取って、翳してみると、淡く光を孕んでいた。


「どうして――昨日は、空だったのに」

 少しだけ、エネルギーが戻っている。

 魔石は使い捨てで、エネルギーが増えることなどありえない。


「もし……魔石が再び使えるようになるのなら」

 ごくりと唾を飲み込んだ。

「エルツベルク領は……救われる」

 その瞬間、グラリと頭が傾いた。


 私はタイ留めを手にしたまま、その場から動けなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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