57 黒い馬車
「え……レオンさまが、王族」
私はカタカタと震えていた。
そんな方に魔法陣制作の協力を仰ぎ、一緒にエルツベルク領にまで足を運んでもらったのか。
その上、危険な鉱竜との戦いにも巻き込んでしまった。
「リディアさん?」
大きな青い目で覗き込んでくるアデレイドさまにも気づかない。
私は口を少し開け、わなないていた。
「あの、だって……レオンさまは子爵家の方で」
「ええ、王族と知られると自由に動けないからと、子爵家を名乗っているのですわ」
真っ青になっている私を、アデレイドさまは市場の隅まで連れて行って下さった。
石の椅子に座らせて、ちょっと待ってて下さいなと飲み物を買いに行く。
(レオンさま……レオンさま!)
どうしてこんなに胸が騒ぐんだろう。
私はハンカチを取り出して、顔に当てた。
熱いものが溢れ出す。それが何なのか、自分でもわからない。
その時、黒い影が近づいて来たのに、私は気づいていなかった。
「きゃあ!」
背中から何かにガッシリと捕まれ、ふわりと体が宙に浮く。
思わず叫び声が口から漏れる。
「ようやくお会い出来ましたね、リディア嬢」
耳元で囁いた声は、聞き覚えのあるものだ。
私はビクリと体を震わせ、ゆっくりと振り返る。
「ぶ、ブルクハルト・ライアーさま……」
「そう、あなたのブルクハルトです。お迎えに上がりました」
言葉遣いは丁寧だけれど、低い声で威圧するような色が混じっている。
「何のことです。知らせなど受けていません」
「もちろん、私の花嫁としてお連れしに参ったのですよ。ずっとあなたが学院から出て来るのを待っていたのです」
一度私を下ろし、横抱きにする。
「研究室も訪ねたのですがね。中に入れなかった。全く忌々しい」
先生が施してくれた魔法陣だ。許可した者しか入れない。
魔石の盗難対策だと思っていたあれが、私を守ってくれていた。
「しかしそれも今日でお終いだ。あなたは私と結婚するのですから」
通常、貴族の娘の結婚は、学院を卒業してからだ。
私はまだ15歳、そんなに若いうちから結婚をするなど、今の時代に聞いたことがない。
しかも私は特別研究員になっている。手当がもらえるのだ。
学院を中退してしまっては、その恩恵も受けられない。
「学業のことを心配しているのなら大丈夫。王都の私の屋敷から通えば済む話だ。存分に研究にも打ち込める」
この人は、一体何を言っているのだろう。
理解が出来ない。
なぜそんなに急いで結婚をしたいのか。
「離して! 結婚なんてしません」
「ハハハ。嫌がる姿も愛らしい。さぁ参りましょう」
「嫌――!!!」
私は抵抗した。
足をバタつかせ、腕を振る。
けれど熊のように大柄なこの男は、ビクともしない。
誰か、誰か、助けて! ――レオンさま!
「おいっ! 貴族の娘がさらわれるぞ」
「人さらいだ」
「ちっ。花嫁を迎えに来ただけだと言うのに」
ブルクハルトはそう吐き捨てると、私を抱えて走り出す。
「えっ、あっ! リディアさん? 大変ですわ」
雑踏の中にアデレイドさまの声が聞こえた。
「お嬢さま、わたくしが」
侯爵家の騎士さまが、追って来る。
「おい、出せ」
「はっ!」
真っ黒な馬車に詰め込まれ、さらわれてしまった。
ガタガタと揺れる乗り心地の悪い馬車の中で、息も吸うことが出来ない。
馬車を引く馬の蹄の音だけが、やけに甲高く響いている。
私は体を震わせながら、恐怖に竦んでいた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。




