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56 市場と魔石

「とりあえずお持ちしましたけれど、どうしましょう」

 馬車に置かれていたのは、大量の魔石だった。

 木箱の中は全て火の魔石で埋まっている。


「そう……ですね。一部を研究室に運んでいただいてもよろしいでしょうか」

 さすがに研究室に置くには多過ぎる。

 全て持ち込んだら、床が抜けてしまうかもしれない。


「では、私の方で必要なところへ回しておきますわ。悪いようには致しません」

 アデレイドさまはうふふと笑う。

 とても楽しげに魔石を見つめている。

「またゆっくり休まれたら、お話しましょう。その頃には第三騎士団の後始末も済み、街の警備体制も解かれているはずですわ」


 私は食堂へ行き、少しだけスープをお腹に入れた。

 それから体を拭いて、研究室のマットで泥のような眠りについたのだった。



 翌朝――。

 空はきれいに晴れ渡っていた。

 風は冷たく凍りつくようだったけど、澄んでいてとても清々しい。

 鳥たちが朝のさえずりを奏でている。

 私は伸びをして、ベッドから起き出した。


 制服に着替え、教室へと向かう。

 生徒たちの間では、昨日の鉱竜戦の話で持ち切りだった。


「なんでも、雲を突くような大きさだったとか」

「城ほどもあったって話だぜ」

 話にはすっかり尾ひれがついている。

 噂とは、いつの間にか大きくなるものだ。


「エルツベルク家のルーカスさまが、水魔法で退治されたそうですわ」

「お強いんですのね」

「以前から凛々しいお方だと思っていましたわ」

 意外にも兄の評判が上がっている。

 少し、胸のあたりがくすぐったい。

 同時に、レオンさまも活躍されたのに――という思いも、湧き上がっていた。


 それからは、大きな事件もなく日々が過ぎていく。

 王都の封鎖も解かれ、エルツベルク領への行き来も自由になった。

 第三騎士団も戻り、王都で見回りをしている姿を見掛けるそうだ。


 私はあの日手に入れた魔石を研究していた。

 観察器に掛けると、最上級クラスの魔力量が記録された。

 それだけ鉱竜の魔力が強かったということだ。


「魔法陣も作り直さないと。紙はすぐに崩れてしまったから」

 高価な魔法紙を使い捨てにするのはもったいない。

 けれど、大量に印刷するための素材はなかなか見つからなかった。

「なにがいいのかな」

 そう呟いて、机の上にペンを置いた。



「リディアさん、街に出掛けませんか? 久し振りに市場が立つそうなんですの」

 授業の後で、アデレイドさまに誘われた。

 教室と研究室を往復する日々で、外に出るのは久し振りだ。

「ぜひお願いします。とても楽しみです」

 私は二つ返事で引き受けた。


 私たちは馬車に乗り、市場へと繰り出す。

 そろそろ陽も傾きかけている。夕食のおかずを買うために、街の人たちも集まって来ていた。


「リディアさんの気晴らしになるようで、よろしかったわ」

「お気づかい頂き、感謝いたします。今日はどのような市なのでしょう」

「お料理が中心のようですけど、服や雑貨なども売られるようですわ」


 私たち貴族は、普段買い物に出歩かない。

 商人が品物を持って家までやって来る。

 ドレスも小物もそうやって買っていた。


「あ、あちらのようですわ」

 大勢の人々で賑わっている。

 用事を済ませて帰る人々は、バスケットを手にしていた。

 きっと今夜のおかずだろう。

 嬉しそうにバスケットに手をやり、そっと撫でている。


 私たちも馬車から降りて、市場へと歩いて行った。


「いらっしゃい! うちの串焼肉は柔らかくて美味いよ」

「ミートローフパンはボリューム満点だぜ!」

 あちこちに屋台が並び、肉の焼けるいい匂いが漂っている。

 他にもお芋や焼野菜、煮込み料理にお酒など、様々な料理でいっぱいだ。


「小麦粉はどうやって挽いているんですか」

 私はパンを並べて売っている屋台の前で立ち止まり、尋ねてみた。

「ああ、粉挽き屋が昔使っていた風車や水車を修理して、動かしているんだよ。風の魔石の動きにはかなわないけど、昔のやり方も捨てたもんじゃないね」


 そうなんだ。

 魔石に頼るばかりではなく、古い技術を動かして生活の中で使っている。

 そんな方法もあるのだと、庶民のたくましさに今更ながら感心していた。


「リディアさん、こちらのお店が美味しいんですのよ」

 アデレイドさまに案内されて、とある店の前で足を止める。

 そこは様々な焼きソーセージを扱っている屋台だった。


「二人分下さいな」

「かしこまりました。あっ、お嬢さま」

「しーっ。ですのよ。今日はお忍びですの」

 よく見ると、店主は鉱竜戦の時に御者をして下さった騎士さまだ。

 ということは、この屋台は侯爵家のものなのか。


「彼の実家がお肉屋さんで、とっても美味しいんですの。なので、時々こうして屋台として出店しているんですわ」

 はいどうぞと、串に刺さった焼きソーセージが手渡された。

 恐らく、侯爵家の市場調査を兼ねている店なのだろう。


 私は焼き立てのソーセージにかぶりついた。

 令嬢なのに立って食べるなんてはしたないと言われても、構わない。

「美味しい!」

 ジューシーで弾力があり、胡椒とハーブの香りが鼻を抜ける。スパイシーで、とても美味しい。

 風は冷たいけれど、心も体も温まる。


「火の魔石が手に入るようになって、助かった」

「また美味いものが食べられるな」

 人々はそう言いながら、屋台の食事を楽しんでいた。


「この市場で使われている火の魔石、あの時の物なんですのよ」

「えっ! そうなんですか」

 私は驚いて辺りを見回す。

 確かに鉱竜戦で作ることのできた火の魔石は、アデレイドさまにお渡しした。

 それが、こんな形で人々の役に立っているなんて!


「お料理だけじゃないんですのよ。布に雑貨、薬に魔道具。皆、火の魔石があったからこそ、作ることができた物ばかりなんですの」

 アデレイドさまは手を広げ、市場の店を指し示す。

 私が作った火の魔石。それが形を変え、品を変え、様々な物を作り出していた。


 私の力も人の役に立つことができる。

 それを目の当たりにして、胸に熱いものがこみ上げてきた。


「さ、あちらも回りましょう。面白い物がたくさんありますわ」

 香水に化粧品、アクセサリーに日常用の服。


「まぁ素敵ですわ」

 聞き覚えのある声がする。クラスメイトの女の子たちだ。

「ご存知ですか。エルザさんのお家の商会が、ラディアへ移るそうなんですの」

「次のドレスをお願いしようと思ってたのに、困りますわ」

 そんな噂話が聞こえてきたけれど、様々な雑貨に目を奪われていた私は、気に留めない。

 

 庶民向けだけれど、こんなに多くの商品があるなんて、知らなかった。

 夕陽を受けて、ピンクや水色に光る色とりどりのマニキュアを見つけて、手に取ってみる。


「わぁきれい」

「あら、貴族のお嬢さん。それはいいものですよ。上からトップコートを塗れば、普通のマニキュアよりも持ちがいい」

「石にも塗れますか?」

「石ィ? すごいことを考えますね。塗れますし、しっかり乾かせば水に濡らしても落ちません」


 真珠のように光るマニキュアとトップコートを買い、私はホクホクしていた。

 それを入れる美しい飾り箱も手に取ってみる。

 表面はガラスのようになめらかで、閉じ込められた花の絵が鮮やかだ。

 これも絵を樹脂で固めた物だった。

 

 隣でアデレイドさまが笑っている。

 こんな時まで研究の道具を買うなんてと言いながら、香炉を買っていた。

 火の魔石で動く魔道具だ。

 樹脂を乗せて焚くと、ふんわりと甘い香りを広げてくれる。

 アデレイドさまも結局私と似た者同士なのかもしれない。


「あの……アデレイドさま」

「なんですの?」

 交渉に夢中になっていたアデレイドさまが振り向いた。

 私は少し言葉に詰まりながら、気になっていたことを口にする。

 ずっと、心に引っかかっていた。

 胸の中がチクチクとして、トゲが刺さっているようだ。


「その……レオンさまなんですが、あの方はもしかして」

 ああ、というお顔になり、そっと私の肩を引き寄せた。

「ええ、王族ですのよ。国王さまの弟君の――三男ですの」


 その瞬間、目の前が真っ暗になった。

 どうしてそんなにショックを受けたのか、まだ自分でも気づいていなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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