51 私にできること
私たちは研究室のテーブルで、広げた地図を前に話し合っていた。
「騎士団はこの谷を利用するつもりだ。上流で複数の痕跡が見つかっている。ここまでおびき寄せて、一気に討つ」
両側の岩壁は切り立っている。
谷は細く、逃げ場はほとんどない。
流れが緩やかで、ある程度の広さがある河原に騎士団を置き、そこで叩くつもりだろう。
「どうおびき寄せるのですか」
私は疑問を口にする。
「相手は魔食いだ。強い魔力に惹かれてやって来る。騎士団で魔力の一番強い者が囮役を担う」
魔力は一般的に爵位が高いほど強くなる。
男爵より子爵、伯爵、侯爵、そして公爵。最高位は王族だ。
魔力なし判定を受けた私や、男爵家令嬢なのに強い魔力を持つエルザさんのような例外はいるけれど、基本は変わらない。
ということは、第三騎士団の団長さまか。
確か伯爵だったはずだ。
「ああ。もしくは第三騎士団に所属する侯爵令息がいるから、彼が囮になるかもしれない」
本当に?
鉱竜に追われ、火炎攻撃を受けたらひとたまりもない。
そんな危険な役目を、高位の貴族に負わせるだろうか。
「判断は騎士団長だ」
レオンさまは私の目を見ず、無表情でそう答える。
「私たちは別働隊として動こう」
そして地図の上に手を滑らせた。
「ここだ。先程の場所を見下ろす位置にある」
そこは切り立った崖の縁で、ある程度の広さがありそうだった。
「ここに魔法陣を並べ、鉱竜の力を弱めるんだ」
「現地調査が必要ですな」
「どの角度になるのか測らないといけませんわ」
「足場もどうなっているのか」
地図だけではわからないことが多すぎる。
風は強いのか、凍りついていないのか。
道があるのか、高さや広さも把握しなければならない。
「うむ。事前に実験ができればいいんだが……」
その時、ケェエエエ!と、甲高い声が研究室に響き渡った!
「なんですかな!」
「伝令鳥だ。どうやら事は待ってくれないようだ」
窓を開けると、カラスほどの大きさの茶羽根の鳥が入ってきて、レオンさまの腕に止まった。
「廃坑道近くを馬車で移動していた貴族が襲われ、従者が二人負傷。鉱竜の咆哮を確認。なんだこれはどういうことだ」
既に騎士団から避難命令が出ている。
住民はもとより、山を越え隣の領まで通り抜けようとする者も、止められていた。
「誰なんですの。そのおバカさんは」
「詳細は不明だ。しかし貴族本人は無事らしい」
レオンさまはクシャリとその伝令紙を握りつぶした。
貴族が、魔力のある者が近づいたことで、鉱竜が出てきてしまっている。
「事は一刻を争う。必要なものを馬車に積み込んで、現地へ向かう。レディたちは学院で待っていてくれ」
「私も行きます!」
私は叫んだ。
「私がいなければ、魔法陣が正しく起動しないかもしれません。私が現地に行って動かします」
「ダメだ。戦闘訓練を受けていないレディには危険過ぎる」
「あら大丈夫ですわ。私がお守りします。私とうちの騎士たちが、ね」
アデレイドさまが割って入った。
「私の力はご存知でしょう?」
青い真摯な瞳がレオンさまを射抜いている。
「し、しかし、戦場では何が起こるかわからない」
「それでも!」
それでも魔獣を弱らせられるのは、私しかいない。
戦う力はないけれど、支援ならばできるんだ!
「私もついていきますぞ」
後ろから先生の枯れた声が背中に届く。
「なに、若い頃は騎士団で慣らした口だ。こんな老骨でもお役に立てることはありますぞ」
それは初耳だった。
いつも穏やかな先生が、騎士さまだったなんて。
「こう見えても、迫りくる大量の魔獣を討ち取ったんですぞ」
ホホッと笑いながら右手を振る。杖を振る真似なのだろう。
そのゆっくりとした動きに思わず笑いがこぼれる。
場を和ませてくれたのだ。
「とにかく、レオンさまの馬車、うちの馬車、二台に分かれて必要な物を積み込みますわよ。秘密兵器もありますしね」
アデレイドさまの声は、どこか楽しげだった。
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