50 反撃の魔法陣
「う……ん」
何かが体の上に乗っている。
胸の上をぽす、ぽすっと、小さな前足が押していた。
「重いわネイオウ」
私はたまらず起き上がった。
ネイオウが私を踏み踏みしていたのだ。
辺りを見回すと窓から光が差し込んでいる。
もうすっかり陽が昇っていた。
「あ……朝? 起こしてくれたの。ありがとうネイオウ」
ネイオウはヒョイと退き、マットレスの上で私をキョトンと眺めている。
私は立ち上がり、氷の魔石を組み込んだ冷蔵庫の中からチキンを取り出し、スライスした。
「はい、あなたの分よ」
それをお皿の上に乗せ、ネイオウの前に置く。
一緒に水も用意した。
私はチーズと一緒にパンに挟み、かぶりつく。
沸かしたお湯で紅茶も入れて、ゆっくりと飲み干した。
昨日はあの後色々と話を聞かれた。
なぜ魔食いだと考えたのか、どんな影響があるのかなどだ。
氷狼の胃から出た魔石が空っぽだったこと、氷狼自身の魔石は異常な数値を記録したことを伝えると、同じ物を見ていたのにとひどく驚かれた。
それから戻るともう深夜だった。
翌朝王都で食糧を買い込む予定の騎士さまが、学院まで送って下さった。
「頑張らなくっちゃ」
寝不足で体も少し重いけれど、グズグズしている暇はない。
私は大きく伸びをした。
「鉱竜――火属性の魔獣」
騎士団で教えてもらった情報を基に、インクを作る。
樹液と樹脂、精油に砕いた魔石、材料を混ぜ合わせて調合する。
魔石の粉が足りない。
棚から取り出した魔石を砕いて、乳鉢ですり潰す。
もっと大量に必要だ。
すり鉢も用意して、大きな器で擦っていく。
「おはようございますリディアさん。必要そうなものを持ってきましたわ」
アデレイドさまが、ドアの隙間からヒョイと顔を覗かせた。
台車の上には魔法紙と、インクの材料が乗っている。
「こちらも要りますでしょ?」
そう言って差し出したのは、風の魔石を組み込んだ送風機だ。
これで印刷した魔法陣を一気に乾かせる。
さすがはエネルギーに詳しいアデレイドさまだ。
こんな細かな点にまで、気を配って下さるとは。
「さ、早く始めましょ」
そう促され、早速印刷に取り掛かった。
「フラッシュ!」
アデレイドさまの呪文と共に閃光が走る。
目を開けると、魔法陣が絹に焼き付けられていた。
練り上げたインクを流し込み、まずは一枚刷ってみる。
魔法インクで私のサインを入れるのも忘れない。
送風機で風を送って乾かして、空の魔石を乗せてみた。
オイルランタンに火を点けて魔法陣の上に差し出すと、赤く光ってクルクルと回り出す。
「動いた!」
「問題なさそうですわね」
私たちは顔を見合わせ、ニッコリと笑う。
それから腕まくりをして、本格的に印刷を開始した。
「おお。やっているようですな」
先生が様子を見に来てくれた。
ネイオウが足元にじゃれつき、先生の足に首を擦りつけている。
「はいっ。順調です」
「たくさん刷っていますわよ」
壁からロープをピンと張り、洗濯物のように魔法陣を吊り下げている。
送風機の風に煽られて、ユラユラと揺れていた。
「ふむ。これだけたくさんあると、並べ方で効果が違ってきますな」
「ただ置くだけではいけませんか」
魔法陣自体の組み立て方以外にも、そんなことが影響するなんて。
「補助魔法陣も配置して、ひとつの流れにした方がよろしいですぞ。それはこちらで考えましょう」
ふーむと言いながら魔法陣を眺め、机の上の小さな魔法陣の紙を動かしている。
まるで物語で見た騎士団の陣形のようだ。
先生は、幾通りもの魔法陣の並べ方を頭の中で組み立てているのだろう。
「レディ、ちょっといいかい」
ドアがノックされ、レオンさまの声が響いてきた。
「どうぞお入り下さい。おはようございます、レオンさま」
「フランツ先生にアデレイドさんも。丁度いい。第三騎士団との連絡は、私が行おう。これでも騎士団の端くれだからね」
そう申し出て下さった。
「状況はどうなっていますの、レオンさま」
「ああ。今朝の探索では鉱竜の居場所は特定できていない。まだしばらく時間が掛かりそうだ」
私は驚いた。
今朝の探索結果が、もう届いているなんて。
「緊急事態だからね。魔法鏡を使ったんだ」
それは遠い場所にいる相手とその場で話ができる魔道具だ。
第三騎士団が持っているのは当然としても、軍の上層部か大臣や王族でもなければ持っているはずのない物だった。
私が目を丸くしていると、レオンさまは気づいたのか、言葉を付け足す。
「とにかく、今は一刻を争う。利用できるものは全て使うのが得策だろう」
声色に、わずかに焦りがにじみ出ていた。
アデレイドさまも、レオンさまも、惜しみなく必要な物を提供して下さる。
先生も、ネイオウまでも協力してくれている。
胸の中に火が灯り、湧き出した勇気が全身へと広がっていった。
「あの、レオンさま、お願いがあるのです。玄武岩を加工して下さいませんか?」
レオンさまの目が、わずかに見開かれた。
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