49 魔力を狙う魔獣
「大変ですわ。エルツベルク領に鉱竜が現れたんですって」
「怖いですわ。王都のお隣の領ではありませんか」
教室へ行ってみると、既に生徒たちに知れ渡っていた。
女子生徒たちは互いに顔を見合わせ震えている。
「静かに! 学院の方針をお伝えします」
担任の女教師がドアを開け、コツコツと足音を立てて教室に入って来た。
心なしか、唇が震えている。
「鉱竜が出現したとの報告を受け、学院内部で検討しました。しばらくの間は、お休みをされるか、学院に泊まり込むか、或いは通学される場合は護衛を雇って下さい」
「どうしましょう」
「当然休みますわ。勉強は家庭教師でもできますもの」
そう言ってそっと耳打ちし合っている。
「鉱竜は火を吹くんですってね。滅ぼされた村があるそうですわ」
「荷運びの御者が、それらしき影を見たんだとか」
貴族子女の噂話は、たちまち広がっていく。
「はいっ! 私は騎士のお力になれるよう、手伝いに参りたいと考えております」
一人の男子が手を挙げた。
「そうだ、まだ戦える程の力はないが、後方支援なら任せて下さい」
「荷物を運んだり、食糧を集めるなど、できることがあるかもしれません」
さすがは貴族の子弟たちだ。
こんな緊急事態でも、何か役立つことはないかと考えている。
男子生徒たちが、少しだけ頼もしく見えた。
「家の名にかけて、逃げるわけにはいかない」
拳を突き上げる男子に、生徒たちの間から拍手が湧き上がった。
「ならば、騎士科の教師の指導のもとで動くように。通学する者は届け出をすること。以上」
教師の声と共に皆はガタガタと椅子を鳴らし、立ち上がる。
私は考え込んでいた。
この事態を前に、私の研究は役に立つのだろうか。
そして――間に合うのか。
「どうされますの、リディアさん。通学されるのでしたら、我が家の騎士をお貸ししますわよ」
護衛を付けてくれると言うことだろう。
今のエルツベルク家にそんな余裕は全くない。
とても嬉しい申し出だ。
「ありがとうございます。状況を確認して、作戦を――立てたいと、思います」
「ルーカスお兄さま!」
「リディアか。ここはもうすぐ戦場になる。お前はしばらく学院に泊まり込みなさい」
家に戻ると、すぐに兄が出迎えた。
食堂は騎士たちの会議室となっている。
男性たちの太い声が漏れ聞こえる。
地形の確認や住民の状況の把握、騎士の見回りの体制など、やらなければならないことは山積みのようだ。
「私にも協力出来ることがあるかもしれません。状況を教えて下さい」
「か弱いお前に戦う力などないだろう」
兄から見れば母も私も守るべき対象だ。
「いいえ!」
兄の目を真っ直ぐに見て言い切った。
「私だから――魔石を研究する私だからこそ、お役に立てることもあるのです」
兄は一瞬驚いたように私を見返した。
ただ魔石が好きなだけの、魔力ゼロの何の力もない妹――兄は今でもそう思っている。
「いいだろう。エルツベルク家の人間として、会議の見学は許す。当事者だからな。ただし、危ないことは絶対にするな」
そう言って、私の髪をクシャリと撫でる。
「団長に許可を取ってくる」
兄は心配するなと言うように、背中を向けたまま手を振った。
「おい、なぜリディアまで入れた。さっさと安全な場所に避難させろ」
「エーリヒ兄さん、リディアももう子どもではありません」
次期領主として作戦会議に加わったエーリヒお兄さまが、ジロリと睨む。
私は頭を下げてから、騎士団長の言葉に耳を傾けた。
「状況を確認する。報告があったのはこの谷だ。足跡と鱗が発見されたのに加え、火熊を食い殺した形跡が認められた」
騎士たちの間からどよめきが起こった。
「火熊だと? そんなものまで餌にするのか」
「何でも3メートルはある巨大な死骸らしい」
怖ろしい情報が飛び交っている。
以前の私だったら震え上がって、動けなくなっていたかもしれない。
「鉱竜は肉食なのでしょうか」
「それが――おかしいのだ。火熊は魔力を吸いつくされて、干からびた状態で見つかったとの報告だ」
やはり……
魔食い、だ。
鉱竜は魔力を得るために、火熊を襲ったんだ!
「鉱竜の属性は」
「足跡周囲の焦げ跡から、火属性だと思われます!」
火……火属性。
その吐く息は山をも燃やし尽くすという。
「どうも他の鉱竜の資料と食い違っている。魔力を吸うなど聞いたこともない」
出現場所の目撃情報、足跡、なぎ倒された木々、焦げた岩肌。
様々な情報が飛び交っている。
「リディア、大丈夫か。怖くなったのなら、退席するといい」
ルーカスお兄さまがそっと声を掛けてくれる。
「いいえ、大丈夫です。それより、他の魔獣の動きについてですけれど」
私は息を吸った。
「――魔力の強い騎士さまが、狙われることが多いのではありませんか」
「……どうしてそれを」
一瞬、兄は言葉を飲み込んだ。
どうやら機密情報だったらしい。
「周辺の住民より騎士さまが、その中でも特に魔力の高い方が被害に遭われているのではないかと考えました」
ゴクリ、と兄の喉が鳴る。
しかし「団長!」と声を上げ、同じ質問を口にした。
「む、それは」
第三騎士団の団長の目が、鋭く光った。
その視線は真っ直ぐ私に向けられ、なぜ知っていると尋問するかのようだ。
「廃坑道で見つかった小さな魔獣は、魔食いと呼ばれるものでした」
ひとつ、息を吸った。
「それが食物連鎖で強い魔獣の餌となり、魔食いが増えていったのです」
私はハッキリと口にする。
シン……と、波打ったように食堂が静まり返った。
魔食いという言葉さえ初めて耳にするようだ。
しかし――。
「魔食い、だと」
「だから火熊の魔力がなかったのか」
「魔力を食う、だと? 騎士の、魔力をか!」
魔力のない庶民ではなく、貴族特有の魔力という力――。
それを狙う魔獣が現れるなど、常識をひっくり返す発言だ。
「なんだそれは。そんなことがありえるのか!」
「し、しかし、襲撃の記録を分析すると、その推測はかなり当たっているのでは」
書記官が膨大な資料をめくっている。
食堂はたちまち大きな渦に巻き込まれた。
そんな魔獣は見たことがない。しかし、被害はそれを物語っている――と。
「よろしい。その仮説を元に分析を行い、対策のひとつとしてみよう。他の状況も確認するぞ!」
会議はまだ続いていた。
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