47 火ネズミの罠
「レオンさま、外も見てみましょう。裏を確認したいのです」
まだ赤い頬を隠して、私は外に目を向けた。
お湯の音を耳にしながら、私たちは施設を後にする。
裏手は川になっていた。
湯気がモウモウと立ち込めて、雪が降った訳でもないのに辺り一面が真っ白だ。
「これは圧倒されるな。この川が全て湯なのか」
湧き出した豊富なお湯は川となり、岩を削って流れて行く。
「大したものじゃないか」
本当に、壮観な眺めだった。
こんな景色があるなんて、生まれてからずっとエルツベルク領に住んでいる私も知らなかった。
レオンさまは河原まで降りると腰をかがめ、岩についた結晶を指でこすり取る。
「これは……硫黄か。使い道はたくさんあるな」
近くで見ると飴のような黄色い結晶がたくさんこびりついていた。
お酒や農作物の保存、皮膚病の薬に羊毛の漂白。
元婚約者だったジークの家などは、羊毛を主産業としていたから、きっと目の色を変えるに違いない。
温泉に硫黄、それに雪山……
鉱山には魔石以外にも、様々な物がある。
それを知ることができただけでも、足を運んだ価値のある収穫だった。
「あの、廃坑道はあちらです」
私たちは街へと戻り、かつての魔石坑道へと向かった。
もう、街とは言えない。
ただ建物が風に吹かれているだけで、人の姿は見掛けなかった。
クッキーを買った店も、管理の人も皆引き払ってしまった。
冬が来る。厳しい寒さと雪で暮らすのも大変だろう。
それで街へと帰って行っただけかもしれない。
けれどその荒れた風景は、私の心に寂しさを運んで来た。
「ふ……ん、坑道にも誰もいないな」
レオンさまはランタンを手に、坑道の内部を照らす。
ゴゥという吹き抜ける風の音がやけに大きい。
天井から垂れる水の音が、不気味さを更に濃くしていた。
キラリと、何か赤い物が目の端に映った。
「なに?」
私は身を硬くして、レオンさまのマントを握りしめる。
「ここにもいるか」
背負っていた荷物を下ろし、先程も仕掛けていた籠をここにも置く。
中には同じように火の魔石を入れていた。
「もう少し先へ行ってみよう」
その言葉に従って、私たちは坑道の奥へと進んで行った。
「キャッ!」
音もなく、何かが飛んで来た。
それは複数いるらしい。
私は頭を手で覆い、身を屈める。
「心配はない。コウモリだ」
恐る恐る目を開けると、天井にたくさんの赤いものがぶら下がっている。
コウモリの目が光っているのだった。
「レ、レオンさま……」
「すっかり怖がらせてしまったな。もう戻ろうか」
私を気遣うその声に、安堵の息を漏らす。
足元に気をつけながら、先程の場所へと引き返した。
籠の中では、チューチューと鳴いている動物が暴れていた。
怒り狂ったように跳び回り、籠までガタガタと動いている。
「ヒッ!」
「火ネズミだ。怖がることはない」
「そ、そう言われましても……」
長い歯を剥き出しにして、敵意をあらわにしている。
恐る恐る手を伸ばすと、大きく鳴いて、籠の中で飛び跳ねた。
「キャア!」
「大丈夫。覆ってしまえば大人しくなる」
そう言いながら、布を被せる。
本当に、今まで暴れ回っていたのに、スッと大人しくなった。
「さぁ行こうか」
レオンさまは日の光に向かって歩き出した。
私たちは先程の風呂場まで戻って来ていた。
驚いたことに、ここにも仕掛けていた籠に、同じように火ネズミが入っている。
「えっ。どうして」
「火ネズミは魔食いで、火の魔石を糧としている。魔力を満たした魔石が食べられないように、罠を仕掛けておいたんだ」
そうだったのか。
こんなところにまで火ネズミが、魔獣が来るなんて、思わなかった。
私は魔法陣の上に置いた魔石を回収する。
観察器に掛けるまでもない。
その輝きは力強く、とても頼もしく見えた。
「すごいですレオンさま! 今までのどの魔石より魔力が蓄えられています」
「ここの熱が大きかったということだ。これは実験だけではなく、実用になるかもしれない」
ここで魔石生産が出来るという意味だろうか。
「あの、レオンさま。その火ネズミは……」
私はさっきから気になっていた魔獣の名前を口にする。
「ああ、これか。見たまえ」
ここで獲れた、しきりにこちらを睨んでいる火ネズミの籠を持ち上げた。
少し揺らして怒らせる。
そして、魔法陣の上に置き、空の魔石を添えた。
「えっ……? 動きが、止まった?」
暴れていた火ネズミは魔法陣の上に置かれた途端、ブルブルと震え出し、パタリと倒れる。
体から、じわりと赤い光が抜けていくように見えた。
ピクリともしない。
わずかに喉元が動いているので、死んだわけではないだろう。
「念のために、こちらも」
坑道で捕まえた火ネズミも同じように置いた。
やはり最初は暴れていたのに、すぐに動きを止め、うずくまってしまう。
「ど、どうなっているのですか」
「学院の風呂と同じだ。火ネズミの熱を吸収し、魔力として魔石に閉じ込める」
少しだけぬるくなっている温泉の湯に手を浸しながら、そう言った。
「この魔法陣は、火の魔石に魔力を満たすためのものです。だから、温泉の熱や、火ネズミの熱を奪った――?」
「そう考えるのが妥当だろうね。これはとんでもない発見だよ、レディ」
私の魔法陣が、熱を奪う。
ランプの光や温泉の熱ならば、そんなこともあるのかと納得していた。
けれど、火ネズミの、魔獣の熱まで奪ってしまうなんて……
私の魔法陣は、とても危険なものなのかもしれない。
それは私の中で疑問となって頭をもたげていた。
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