46 鉱山の温泉
「どうしよう」
私は考えあぐねていた。
魔法陣の実験は、見事成功した。
学院の風呂場と窓で、火と光の魔石に魔力を込めることができたのだ。
けれどお風呂場はもう使えない。皆さんに迷惑が掛かってしまう。
熱源があるところを探していた。
「とりあえず、離れの温泉はあるけれど、個人用だし」
学院の大きな温泉とは比べ物にならない。
小さな魔石にしか魔力を蓄えられないだろう。
「うーん」
唸りながら地図を取り出し、温泉を探す。
「王都の温泉……は、ダメよね。使っているのだもの。他にいいところは」
指先でなぞっていると、ふと空の魔石が目に入る。
「空の魔石――そうだ、エルツベルク領の廃坑道の街!」
あそこなら鉱夫がたくさんいたはずだ。
今は廃れているから、使われていない施設があるかもしれない。
私は地図をパタリと閉じて、立ち上がった。
「なに? 坑道の街だと? そんなところに何の用だ」
「魔石の研究です。温泉が使いたいのです」
恐る恐るエーリヒお兄さまに相談をしてみる。
お父さまの手伝いをしている次期領主の兄なら、そういうことには詳しいはずだ。
「研究のためか」
私の真剣な顔を眺め、スッと視線を外した。
そして地図を見上げ、指で示す。
「ここに、鉱夫たちが使っていた温泉付きの宿泊施設がある。今は閉鎖されているが、そこを使え」
私は目を見開いた。
あのエーリヒお兄さまが、協力してくれた!
「ただし、条件がある。絶対に一人で行くな。強い騎士や冒険者を連れて行け」
「ありがとうございますレオンさま。こんなところまでお付き合い下さって」
「なに、私の調査も兼ねている。気兼ねなどしなくていい」
私たちは廃坑道の街までやって来ていた。
フランツ先生に相談したら、レオンさまが同行して下さることになったのだった。
前回やって来た時は、まだ人がいた。
それなのに、今はただ風が吹き荒れ、枯れ葉が舞うばかりだ。
クッキーを買ったのが、もう何年も前のように思われる。
「ここか。その宿泊施設とは」
お兄さまから教えられたその場所に、白い石で造られた頑丈な建物があった。
最盛期には多くの人が泊まっていた施設は、学院の校舎のように大きい。
「お邪魔します」
ドアを叩き、誰もいない建物の内部へと足を踏み入れる。
中はガランとして埃っぽく、空気が淀んでいた。
「こちらでしょうか」
ロビーを通り過ぎ、奥へと進む。
壁に掲げられた案内図に従って、歩を進める。
床に溜まった埃に、私たちの足跡が点々と残った。
風呂と書かれたドアを開けると、脱衣所があった。
その奥にある浴室へと入っていく。
「うわぁ、広い」
岩で作られた巨大な浴槽が構えられていた。
鉱夫が利用するのにふさわしく、飾り気などはない実用一点張りの造りだった。
「これは、大きいな。浴槽は2つあるのか」
十人は入れそうなものと、その半分位の大きさのものがあった。
石板に彫られた字を読むと、温度が違うらしい。
「小さい方でいいかな。使えるだろうか」
「見て来ます」
裏へ回ってポンプ室を確認すると、板の仕切りで湯を入れる方式のようだった。
「栓はしておいた。湯を入れてくれ」
「はいっ」
板を抜くと、源泉から湯が浴槽へと流れ込む仕組みだ。
板を3枚順番に抜いて、ザァザァ湯を流す。
すぐに湯気が立ち、風呂場は白く霞んでいく。
腐った卵のようなにおいが、ツンと鼻を刺激する。
「ふん」
レオンさまは、外へと続くドアを開けた。
換気でもするのだろうか。
「ハッ!」
気合を入れた声が上がった。
彼の体から、光のようなものがにじみ出ている。
「えっ」
何かがヒュンと飛んで来た。
一瞬、ドアが外れたのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
外にあった花崗岩の塊が、土魔法で切り出され飛んできたのだ。
「これでよし」
レオンさまは額の汗を拭っていた。
見ると、浴槽に花崗岩で造られた蓋がされている。
「す、すごいですね。土魔法ですか。こんなに一瞬で造れるなんて」
私は興奮して飛び上がる。
あっという間に大きな岩を加工してしまった。
そう言えば昔、祖父もそうやって建物を造っていた。
「素晴らしい魔法です。こうして私たちの生活を支えているのですね」
「褒めてもらえると少し照れる。土魔法は地味で、評価されることも少ないんだ」
建物以外にも橋や道路、水道に城壁。
あらゆるところで土魔法は役に立っている。
けれど、あって当たり前。
壊れた時には早く直せと文句を言われ、高い攻撃力を誇る火魔法使いのようにもてはやされるわけでもない。
そんなもどかしさを、ぽつりと口にした。
「さぁレディ、この上に魔法陣を並べたまえ」
そう言って、重い空気を振り払うように手で示した。
見ると、蓋は真っ平らで、紙を置くのに丁度いい。
私は持って来た魔法陣を何枚も敷き詰めて、空の魔石をその上に置いた。
蓋は見る間に温められ、じわじわと魔法陣に赤い光が灯る。
「わぁ。きれい」
壮観な眺めだった。
いくつもの魔法陣が渦を巻いて光が走っている。
それがゆっくりと魔石に流れ込み、魔力が蓄えられていく。
クルクルと光が回る様は、まるで火の精霊たちが踊っているようだ。
温められた空気まで動いている。
私も両手を広げ、クルリと回る。
つま先立ちになり、指先をそらして大きな円を描いていた。
「レディ」
私の手が取られた。
「よろしければ私と踊って欲しい」
そう言って胸に手を当て、舞踏会でのダンスの申込みのように頭を下げて礼をする。
「喜んで」
私の頬が赤いのは、温泉の熱のせいなのだろうか。
二人でワルツを舞うようにクルクルと踊り続ける。
足はいつまでもステップを踏んでいた。
魔力の流れがまるで音楽のように、私を踊りに誘っていた。
「失礼。つい、夢中になってしまった」
「いえ、私の方こそ」
レオンさまと目が合った。
黒く底知れない色に吸い込まれてしまいそうだ。
荒くなった息を吐きながら、私はそっと微笑んだ。
「す、すみません。私ったら」
ハッと気がつきレオンさまを見上げると、なぜかクスクス笑ってる。
「ま、街も確かめないと」
「ああ、でもその前に」
そう言って、レオンさまは担いでいたバッグから何か仕掛けを取り出した。
虫取り籠? 小鳥の籠だろうか。
その中に火の魔石をひとつ入れて、蓋をして隅に置いた。
「あの、それは……?」
「後でわかるさ、レディ」
レオンさまは何か企んでいるような瞳でウィンクをする。
私はドキリとして、顔を赤くした。
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