44 印刷魔法陣、成功
翌日、研究室に印刷機が届けられた。
木枠と絹を使う、単純な造りのものだ。
そのままで使うと床を汚すと言われ、大きな蝋引き布も付けてくれた。
怪我をしないように手袋をはめ、部屋の隅で組み立てる。
「よいしょ」
包まれていた布を外し、床の上に置くだけでも重労働だ。
遊びに来たネイオウが、ニャオ! と言って飛び退いている。
「大丈夫よネイオウ。これは敵じゃないの」
警戒をして距離を取るネイオウの様子に、ふふっと笑う。
尻尾が太くなっているところが可愛らしい。
それからヘラや絹も確認して、額の汗を甲で拭った。
「やぁレディ。やっているね」
そうしていると、背後から声が掛かった。
「キャッ。レオンさま。いつからそこに」
「今来たばかりだよ。印刷機を手に入れたと聞いてやって来た。面白い発想だね」
床に置かれている印刷機を眺めている。
彼も魔法陣印刷に興味があるようだ。
「インクはどうするんだい。ペンで描くものと同じという訳にはいかないだろう」
「はい。これから色々試してみます。これが印刷用のインクだそうです」
瓶に入ったドロリとした液体を彼に見せる。
油で作られているようだ。
ペン用のインクとは違うから、またひとつひとつ試さないといけないだろう。
私は以前手に入れた、樹脂や精油が並んでいる棚に目を向けた。
「私にも協力させてくれたまえ。魔法陣が印刷できるなら、私の研究にとっても大きな前進だ」
レオンさまの研究とも重なる――。
それはとても胸の躍る言葉だった。
「今日は軽食も持ってきた。これを食べながら、元となる魔法陣や、インクの作り方について話そうじゃないか」
そう言うレオンさまの顔はとても楽しそうだ。
「印刷用の元となる魔法陣は、ペンで書き上げるものよりも、線を太くした方がインクがハッキリと写っていいんじゃないかな」
彼のアドバイスもとても参考になる。
魔獣が現れ、魔石が枯渇する緊迫した状況とは裏腹に、心躍る研究が続いていた。
あれからインクを改良し、印刷用の物を何種類か作ってみた。
版を焼きつけるための光の魔石は、自分で空の魔石に魔力を蓄えた物を使っている。
「えいっ」
一瞬部屋中が白い光で満たされ、すぐに収まる。
絹の布に、魔法陣の模様が写し出されていた。
調合したインクを垂らし、ヘラで均一に塗り込める。
数枚印刷したら板をどけ、それぞれを床に広げて乾かした。
「壁から紐を通して、吊った方がいいかしら」
何しろ今回の魔法陣は大きい。床を占領してしまっている。
洗濯物と同じように吊るしておけば、乾かしている最中にうっかりネイオウが踏むこともないだろう。
「あっ! 服にインクが」
制服より動きやすくて、作業がしやすいからと借りていた、ルーカスお兄さまの子どもの頃の服を汚してしまった。
ネイオウのことを言っていられない。
自分のことながら、声を出して笑ってしまった。
あれから何日も、ひたすら絹印刷を続けていた。
インクを調合しては試し、光や熱を当ててみる。
さすがに大きな紙はもったいないから、手のひら大の大きさに変えたけど、失敗した紙が山のように積み重なっていく。
「すみません、空き部屋への入室許可が欲しいのですが」
印刷物が溜まったある日、事務局長を訪ねた。
仕事で忙しい中、すぐにやって来てくれる。
「おや、もう魔法陣が印刷できたのですか。――本当に、動くのですか」
やはり少しだけ疑っているようだ。
「それをこれから検証したいのです」
「なるほど。狭い研究室では一度に試せませんからね。では研究棟の最上階への入室許可を与えます。頑張って下さいね」
快く許可がいただけた。
私は大きな紙に印刷して、筒状にして何枚も運ぶ。
空の魔石も必要だから、大変だ。
そんな私を、怪訝そうな顔で令嬢たちが眺めている。
「リディアさん、忙しそうですわね」
「研究にご熱心なんですって」
「男子のような服で、何をなさっているのかしら」
彼女たちの声が聞こえてくる。
その中に、じっと私を眺めて立ち尽くしている女子生徒がいたことに、私は気づいていなかった。
風呂場のポンプ室にも、印刷した魔法陣を貼っていた。
ここは温泉だから、火属性のテストをするのにちょうどいい。
「あら……?」
ドアを開け、灯りをつけようとした時に、何か赤いものが光っているのが目に入る。
背中がゾクリとした。
「もしかして」
灯りをつけて素早く中に入る。
そして、そっと忍び足になりながら、魔法陣に近づいた。
「あ……」
魔石が、光っている。
置いた時には空だった物が、魔力で満たされていた。
手にするとずっしりと重い。本当に、成功したの?
「うぅん。ちゃんと調べなくっちゃ」
私は頭を振り、魔石をバッグにしまった。
もうひとつ空の魔石を代わりに置いて、足早に研究室へと向かう。
心臓の音が大きく鳴っている。耳にうるさいほど届いていた。
これは走ったからではないだろう。
息を切らして駆け込んだ研究室で、大きく深呼吸をする。
そして観察器にそっと置く。
魔石は赤々と光を放っている。
「数値、103。できた!」
十分な魔力量だ。これなら現場で使ってもらっても、問題はないだろう。
私は火の魔石を掲げ、ダンスを踊るようにクルクルと回った。
「やった。やったぁ!」
印刷した魔法陣でも、問題なく魔力が込められた。
それは魔石量産への大きな、大きな一歩だった。
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