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39 氷狼の魔石

 翌朝、朝食を頂いた後、調理場へ向かった。

「リディアお嬢さま、なにか御用ですか」

 皿洗いをしていた下働きの男性が尋ねてくる。


「野菜くずはありませんか。できたらニンジンがいいのですけれど」

「こんなものでよろしいでしょうか」

 そう言って、ヘタの部分をいくつか分けて下さった。

「ありがとう」


 それを持ち出し、昨日ツノウサギに会ったところへ行ってみる。

 今日はまだ見当たらない。もしかすると、夜行性なのかもしれない。

 籠の中のニンジンを枯れ葉の上に置く。


 もう枯れ葉ばかりで、食べ物となる青い葉はほとんど見掛けなかった。

 地面もそろそろ雪に覆われてしまうだろう。


 魔力を秘めた角を持つ、人に友好的な獣――魔獣。

 氷結蛙や、火ネズミ、まして火熊などとは全く違った。


「また会えるといいのだけれど」

 白い息を吐きながら、私は本宅へと戻った。



「おいっ。そっちを持て」

「納屋に運び込むんだ」

 騎士たちが慌ただしくやって来る。

 何か大きな荷物を数人掛かりで運んでいた。


 ポタポタと赤い液体が地面に落ちる。

 辺りが血の匂いで染まっていた。


 ……まさか、騎士さまが。

「どうされましたか」

「ご令嬢がご覧になるものではありません」

 近寄ろうとしたけれど無下に追い払われ、私はその場に立ち尽くす。

 ルーカスお兄さまが歩いてくるのに気づき、声を掛けた。


「お兄さま、何かあったのですか」

「リディアか。大したことじゃない。氷狼を仕留めただけさ」

 よく見ると、布の間から白い毛皮が覗いていた。


 氷狼……


 鋭い牙と爪で人を襲う、とても恐ろしい魔獣だ。

 頭もよく、足も速い。それに嗅覚も優れている。

 名前の通り氷のような白い毛で、その咆哮は空気を凍らせると言われていた。


 それが、こんな近くで――。


 私は足がすくんだ。


「ああ。なぜか騎士に向かって来た。普通の氷狼は、まず弱い案内人や荷物運びの者を狙うんだが」

 獣にも強者を嗅ぎ取る力がある。

 視線をそらさず睨みつけ、剣や魔法を構えて威圧する騎士は、人ならぬものから見ても脅威だろう。

 なのに真っ先に襲ってきたというのは、一体どういうことなのか。

 

 新種かもしれない。

 或いはその個体だけ特異な力を持っているのだろうかと、兄たちは話していた。

 やはり、魔獣と直接対峙する騎士たちも、異変を感じているのだ。


「お兄さま!」

 私は勇気を振り絞って声を張り上げる。


「解体をするなら、私も一緒に見学させていただけませんか」

 兄は驚いて私を見た。

「何を言い出すんだリディア。お前のような若い女性が見るものじゃない」

 周りの騎士たちも眉をひそめて顔を見合わせている。


「でも、魔石が採れなくなった原因が、わかるかもしれないのです」

 そう言うと一瞬、動きを止める。

 どうしても研究に必要なことだ。魔獣の生態や魔石についてもわかるかもしれない。


「ルーカス」

 嗄れた、低い声が冬空に響いた。

 騎士たちが一斉に背筋を伸ばし、頭を下げて礼をする。

 枯れ草を踏む足音が近づいて来た。

「リディアを案内しなさい」

「し、しかし父上」

 戸惑うように兄は声を詰まらせる。


「もうリディアは子どもではない。魔石を専門とする研究者となったのだ」

 チラリと氷狼が運び込まれた納屋に目を向けた。

「氷狼を調べることで、何かわかるかもしれん」


「よろしいのですか、ルーカス殿」

 大きなナイフを手にした騎士は、視線をチラリと兄に向ける。

「ああ。もし気を失ったら俺が支える」

 兄は私の肩に手を置き、そう答えた。


「では」

 布が取り払われた。

 全身を覆う白く凍りついた毛並みが現れる。

 槍で仕留められたのか、喉のところに深い傷口があり、赤い肉が見えていた。


 ナイフでザクザクと皮が切り刻まれる。

 血がにじみ出て、押さえる手が赤く染まっていく。

 内臓を出して布の上に広げた。

 そこから肝をひとつひとつより分ける。


 気持ちが悪い。

 皮の裏で寄生虫が蠢いているのが視界に入り、気が遠くなりかける。

 けれどしっかりと足を踏ん張って、目を見開いた。


 兄の拳ほどの大きな石が、ゴロリと転がり出た。

 それは血に濡れていたけれど、白く輝いてギラギラと異様なほどの光を放っていた。 


「なんだこれは。魔力量が異常じゃないか」

「ああ。素手で持ったら凍りついてしまいそうだ」

 魔石の周りの空気が霞んでいる。空気中の水分が凍りつき、光を乱反射していた。


 私は思わず近づいて、その魔石を眺めた。

 間違いない。『魔食いの魔石』だ。

 他の魔獣の魔石とは明らかに光り方が違っている。

 観察器に掛ければ、異常な魔力量の数値が出るだろう。


「この氷狼は、どこにいたのですか」

「山向こうの廃坑道の近くだ。まだ仲間がいるかもしれない」

 魔石の採れなくなった我が領の坑道だ。

 やはり魔食いが関わっているのか。


「何を食べているのですか」

 私の疑問に、胃袋を切り裂いてくれた。

 食べたもので、なにかわかるかもしれないと考えたからだ。

 火ネズミの尻尾、岩モグラの毛皮の切れ端。

 そんな物が出てくる。


「こいつらも魔石持ちか」

 小さな、ほんの小石程度の魔石が、火ネズミの皮の間から転がり出た。

「いや、空の魔石だぞ。体内で育つ魔石が空などありえんのだが」

 魔石は魔力の結晶だ。

 体内で育っている最中なら必ず魔力が含まれる。


 魔力が、吸われている?

 消化される時に、氷狼が吸収した?


 氷狼の魔石が、不気味に光っていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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