↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
38/57

38 量産への壁

 あれから私は魔法陣を描き続けた。

 そして学院の空き部屋に持ち込んだ。

 ひとけのない部屋は、うっすらと埃が溜まっている。鼻がムズムズしてくしゃみが出た。

 ガラスを拭き、魔法陣を貼り付けて、空の魔石を窓の桟に並べて固定させ、翌日に回収する。


「すみません、失礼します」

 職員用の風呂場にもやって来た。

 温泉水を引いているポンプ室へ入り込み、ムッとするほど熱気のあふれる壁に貼ってみる。


「すごいですわ。どこに設置したものも、空の魔石に魔力が蓄えられていますわ」

 魔石の回収を手伝ってくれたアデレイドさまが驚いている。

 そして嬉しそうに輝く魔石に頬ずりをしていた。


「でもそろそろ予算が心配です。研究室の備品に魔石、紙やインクの材料などにお金をかなり使いました」

 私は予算が足りなくなるのではと心配していた。

 失敗して、使い物にならなくなったインクの材料や紙もたくさんある。

 まだ研究員になったばかり、しかも学生の身分で、こんなに使ってしまっては怒られそうだ。


「んまぁリディアさん。そんなことを考えていらしたの?」

 アデレイドさまが思ってもみなかったというような顔をする。


「そんな心配いりませんのよ。この魔石、お売りになったらいくらになるとお思いですの」

 考えてもみなかったことを言われ、唖然とする。

「売り物としても十分な価値がありますのよ。研究費の経費なんてすぐに払えますわ」

 そうおっしゃった。


 そうか、この魔石は売るために――皆に使ってもらうために作っているんだ。


 私はコレクションや、研究の成果としか考えていなかった。

 けれどこれが街に流通したら、どれだけの人が助かるだろう。


「とにかく、魔法陣開発は成功されたのですから、まずは学院に予算を掛け合ってみましょう。ね?」

 私を安心させるかのように、穏やかな笑顔を投げかけて下さった。


「ほう、これはすごい。もうこんなに魔力を込められましたか」

 魔力を宿した魔石をかごに入れ、フランツ先生の元へと持っていった。

「質もいい。これほどの物ならば、通常の魔石と変わらず取引されるだろう」

 レオンさまも褒めて下さった。


 けれど、まだ大きな問題がある。


「量産ですな」

 先生がズバリと切り込んだ。

「はい。まだ魔法陣を一枚一枚手で描いて、それを設置、回収するのに手一杯です。一日に出来るのはこれだけしか」

 かごに入った数個の魔石に目を落とす。


「これでは我が家の一週間分の量にしかなりません」

 それでは、足りない。

 王都にも、領都にも、いや国中の人たちが魔石不足で苦しんでいる。


「まだそこまで心配しなくてもいい、レディ」

 レオンさまが優しい言葉を掛けて下さった。

「空の魔石に魔力を込められただけでも大きな進歩だ。革命と言ってもいいほどだ」


「そう……なんですけど」

 魔石が採れないと言って苦悩する父の顔が頭に浮かぶ。

 領民は疲れ切っている。それに、魔獣と戦っているルーカスお兄さまも心配だ。


「なにか……いい方法は」

 私は考え込んでしまった。

 けれど、悩んでいても簡単に解決しない。


「一人で抱え込むことではありませんわ。私たちもついています」

 まずはゆっくり休んだ方がよろしいですぞとの先生の言葉を受けて、一度家へと帰ることになった。



 私は馬車で家に戻って驚いた。

 最近は使用人も少なく、屋内も暗くしんとしていたのに、バタバタと足音が響いている。

「いったい、どうしたの」

 洗濯物を持って慌ただしく歩いていたメイドを捕まえ、尋ねてみる。

 すると、予想外の返事が返ってきた。


「第三騎士団の団長以下幹部の方が逗留されており、このお屋敷は対策本部となっています」


 

 床は土で汚れ、足跡がついていた。

 掃除も行き届かないらしく、窓は曇り、廊下の隅にはゴミが落ちている。

 よく見ると、洗濯物に血がついていた。


 居間からは、男性の怒鳴り合うような大きな声が響いている。

 食料を運び込む使用人や、料理人までもがピリピリとしていた。


「思うような成果が出ておらず、騎士たちも苛立っております」

 執事がやって来て、使用人に指図をしている。


「リディアお嬢さまはお部屋にいらっしゃるか、奥さまと共にお過ごしください」

 そう言ってすぐに奥へと入っていった。


「大変なのね……」

 私が学院にいる間に、事態は悪化していた。

 魔獣の被害は広がり、怪我人も絶えないという。

 これでは研究が間に合わない。こうしている間にも、被害は広がってしまっている。

 アデレイドさまたちと喜んでいたのは昨日のことなのに、遠い昔のように思えた。


 皆魔物に怯え、暮らしている。

 この家へ戻ってくる時に見掛けた街の家々のドアは硬く閉ざされ、窓は外側から板で打ち付けられていた。

 研究が成功した喜びも、吹き飛んでしまったようだった。



 私は庭を散歩していた。

 騎士団がいるため、危険な魔獣は入ってこないだろう。


 すっかり冬枯れしてしまった庭は色がなく、寒々としている。

 冷たい風が吹き抜けて、私は思わず身震いをした。


 ガサリ、と庭の隅で音がした。

 魔獣は入って来られないんじゃなかったの?

 私は身構えた。近くには逃げ込む場所もなく、騎士も使用人も見掛けない。


 小さな影が藪から現れた。

「ああ、なんだ。あなただったの」

 いつか見たツノウサギだ。

「人に見つかると危ないわよ? 食べられちゃうかもしれないわ」


 騎士は野山の獣を狩って食べることもあるという。

 ならばこの子も捕まってしまうかもしれない。


「あ、これはどうかしら」

 私は腕に巻いていたリボンを外す。

 革細工に魔法陣をあしらったものだ。

 私の能力が安定するかと思い、身につけていた。


「これを巻いていればペットだってわかるし、私の名前も刻まれてるから、捕まってもすぐに解放されるわ」

 そう言いながら後ろ足に巻きつける。


 ツノウサギは私の靴に頭を擦りつけた。

 痒いのか、何度も何度も押しつける。

「あっ。角が」

 ポロリと角が落ちてしまった。

 年に一度の、ちょうど生え変わりの時期だったのかもしれない。

 まだ温かい。根元からほんのりと光が漏れている。


「くれるの?」

 そう問い掛けたけれど、ツノウサギは何も言わない。

 クルリと後ろを向き、跳ねていく。


 後ろ足のリボンがとてもよく似合っていた。


「あの子が魔獣に襲われませんように」

 私は祈る気持ちで手を合わせた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。