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34 侯爵令嬢と庭石

 学院が休みの朝、私はゆったりとした朝食を取っていた。

 街で手に入れたふわふわのパンに、チーズとハムを乗せ、口へと運ぶ。

 ひと口含んだ紅茶は絶品だ。朝の光とともに目覚めを促してくれる。


「お嬢さま、大変でございます。本宅へいらして下さい」

 マーサの声が突然ドア越しに響いてきた。

 いつもの若いメイドではない。

 忙しい家政婦長の彼女がわざわざ来るということは、ただ事ではない何かが起きたのか。


「どうしたのマーサ、そんなに慌てて」

「お客さまでございます。さ、お手伝いいたしますから、お急ぎ下さい」

 彼女に急かされ、もうひと口だけ紅茶を飲んで、着替えに走る。

 来客用のドレスを身につけ、髪を結う。


「商談にいらしたお方です」

「お仕事の話に、私が?」

 家の仕事のことなら、父と兄が取り仕切る。私の出る幕などないに等しい。

 それなのに、この慌てようは一体どういうことなのか。


「さ、参りましょう」

 マーサに促され、私は本宅へと向かった。



「……ですので、こちらの量をお願いしたいのです」

 客間から、お客さまの声が漏れている。

「ええ、こういった交渉事にもそろそろ慣れておくべきだと、父が申しておりまして、私が」

 どうやら声や言葉遣いから、若い女性のようだった。


「お父さま、リディアです」

「入りなさい」

 中からすぐに応えがあった。

 ドアを開けると、父と兄の後ろ姿が目に飛び込む。


 アデレイドさま?


 なぜアデレイドさまが。

 ソファに座っていたのは、よく見知った侯爵令嬢だ。

 金髪を結い上げ、絹のドレスに身を包み、柔らかな表情で微笑んでいる。


「ああ失礼。こちらは娘のリディアです」

 父が形式的に私を紹介する。

 形通りのお辞儀をして、兄の隣のソファに腰掛けた。


 兄が何か言いたげな表情でこちらを見ている。

 けれど私は真っ直ぐにアデレイドさまに視線を向けたまま、人形のように大人しく座っていた。



「この量ですと、用意致しますのに少々日にちを頂くことになります」

「かまいません。急ぐことではございませんし」

 一体何の取引なのだろう。


「エルツベルク領の空の魔石を、父がとても気に入りまして。石の庭を新たに造ると申しております」

「それは素晴らしい」

 心にもないことを兄のエーリヒが口にする。


「冬のお庭は花や緑が少ないでしょう? 寒い時期も楽しめるようにしたいのです」

「なるほど。お話はよくわかりました」

 商談がまとまったようだ。

 アデレイドさまは書類に目を通し、ひとつひとつ確認をしている。


「空の魔石についてですが、こちらではどういった使い方をされているのでしょう。参考にお話を伺いたいわ」

「空の魔石、ですか」

 父と兄は互いに顔を見合わせる。

 魔力切れの石を取り替えず、そのまま使っているシャンデリアはあるけれど、わざわざ作ったものではない。

 どういった用途なら喜ばれるのか、二人とも考えているようだ。


「それでしたら、お風呂に使うのはいかがでしょう。お湯がなくても温まる、岩盤浴をお勧めします」

 私はたまらず口を挟んでしまった。それなら私も離れで造ってみた。

「空の魔石の中にごく少数、火の魔石を混ぜて温めます。水の魔石もあると潤うでしょう。空魔石は元々光の魔石だったものを使えば、体の内側から温める際に、更なる効果を発揮します」


 お肌にも、内臓にもいい。

 のどが渇いたら魔石入りの水を飲めば、効果は倍増だ。

 私は思わず熱く語ってしまう。


「岩盤浴……お湯がなくても温まる?」


 アデレイドさまは目を丸くしてこちらを見ている。

 父と兄は、やり過ぎだという表情を露骨に出していた。


「素晴らしいですわ、リディアさん!」

 アデレイドさまの美しい顔が輝いた。

「んまぁ! そんな方法があるなんて。私存じ上げなかったんですの。とても入ってみたいですわ。空の魔石を追加購入いたしますわ。よろしいかしら、エルツベルク子爵」


 喜ぶ彼女を父も兄もポカンと口を開けて眺めている。

 そして顔を寄せ合い、「用意できるか」「かき集めます」とコソコソと話していた。



「ふふふっ。いいお取引ができましたわ。これもリディアさんのおかげですの」

 アデレイドさまはサラサラと、契約書にサインする。

「喜んでいただけて光栄です」

 私たちは顔を見合わせ、プッと笑った。


 マーサがお茶とお菓子を運んできた。

 そして、和やかな日常の話へと移っていった。



「父上、あの侯爵令嬢、本当にただ空の魔石を買い付けに来たのでしょうか」

「そんな訳はあるまい。これには何らかの裏がある」

 暖炉の前で二人仲良くお茶を頂く私たちを眺めながら、父と兄は眉間に皺を寄せていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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