33 冒険者ギルド
男性たちのガヤガヤとした声が外まで漏れている。
黒い石造りの建物の重厚な扉の前で、私は立ち止まっていた。
「お嬢さま、やはり止めておきましょう」
使用人が心配そうに声を掛ける。
「いいえ、魔石を探しに来たんだもの。入ります」
私はそう宣言して、冒険者ギルドの扉を押した。
建物の中の空気は、金属や革のにおいで満ちていた。
鎧が擦れる時に出るにおい、剣や盾がぶつかる音。
それに、獲ったばかりの魔獣を手に、カウンターへ並ぶ男性たち。
その空気全てが、私を拒んでいるようだった。
一歩入ると一斉に視線が向けられる。
「おい、あれ」
「貴族の娘か。珍しいな」
コソコソと話されて、とても不快な気分だ。
けれどそんなものには負けないと、勇気を振り絞ってカウンターへと向かって歩いた。
「あの、すみません。魔獣から獲れる魔石が見たいのですが」
「はい、ご購入ですか? それとも事前の品定めでしょうか」
柔らかな物腰の受付嬢が尋ねてくれる。
「最近はなかなか魔石が獲れなくなっており、また入荷してもすぐ売れてしまうため、今ご用意できるのはこちらになります」
そう言って、在庫一覧のファイルを見せてくれた。
「魔獣が少ないのですか?」
「乱獲されているため、それもありますが、どうも魔石を持つ魔獣の割合が少なくなっているようです」
場違いな私に嫌な顔ひとつせず教えてくれる。とても丁寧な対応だ。
「魔獣から獲れた魔石を一通り……火と風と、あとあるのは氷と土ですか」
「はい。魔獣からとなりますと、地域によって偏りが出ます。光の魔石などは滅多に出ませんね」
王都の冒険者ギルドだから、主だった魔獣の生息地までは遠いせいもあるのだろうか。
既に流通している物よりも、獲れたばかりの魔石が見てみたかった。
「おじょうちゃん、魔石を探しに来たんだって? 今からちょうど解体だ。よかったら見ていくといい」
そう言って、熊のように大柄で毛むくじゃらな男性が声を掛けてくる。
「はいっ。ありがとうございます」
私は反射的に返事をして、彼の後について行った。
「ちょっ、お待ちください」
後ろで受付嬢の慌てた声がしていたけれど、もう私の耳には届いていなかった。
そこは専用の解体部屋だった。
大きな布で土の床が覆われている。蝋を塗った防水布だ。
さらにその上に何かが置かれていた。山のように大きな毛皮に見えた。
「さっきC級冒険者パーティが持ち込んだ火熊だ。このサイズはなかなかない」
そう言いながら、自身の腕より長い解体用のナイフを取り出した。
「血抜きはされてるけれど、そのきれいな服が汚れるといけないから下がってな」
部屋の隅まで移動する。けれどよく見えるように首を伸ばした。
グサリと音を立て、ナイフが差し込まれた。
手際よくリズミカルな動きで、毛皮を切り裂いていく。
「おい、そっちを持て」
「こっちからも切るぞ」
あまりに火熊が大きいため、何人か手伝いがやって来た。その男性たちの声が聞こえる。
開いた口から肉が見えた。中から赤い塊が出てきて、ドロリと床に流れ落ちる。
鉄のにおいが霧のように広がっていく。
「まず消化器官を切り分けて、中身が出ないよう糸で結んで運び出す。それから心臓や肺などを取り出すんだ」
「あった、魔石だ! おじょうちゃん、見てみろよ」
血に彩られた赤い魔石が現れる。取り上げた彼の手も血に染まっている。
「おじょうちゃん?」
「リディアさま!」
手足が冷たくなり、視界が揺れる。心臓が急に大きな音で鳴り出した。
辺りがスウッと暗くなって膝が折れ、私は土の上に崩れ落ちた。
ぼんやりと開いた私の目に飛び込んできたのは、黒く煤けた木の天井だった。
太い梁が巡らされ、上階の床を支えている。
「お気がつかれましたか」
心配そうに覗き込んでいたのは、さきほどの受付嬢だ。
手を動かしてみると、毛布に触れる。簡易ベッドに寝かされていた。
「解体部屋で倒れられたのです。お嬢さまには刺激が強すぎたのかもしれません」
身を起こした私にそっと一杯の水が手渡される。
私はそれを受け取り、赤くなった。
「す、すみません。すっかりご迷惑をお掛けしてしまいました」
「いえ、止めなかった私も悪いのです」
そんなことはないのに彼女は頭を下げる。
自分の浅はかな行動が引き起こした結果だ。申し訳なさに恥ずかしくなる。
「リディアさま、よろしいですか」
「あ、はい。心配を掛けました」
ここまで付いてきてくれた使用人も、青い顔をして唇の端を震わせていた。
自分がついていながらという、自責の念に駆られているのだろう。
「ご気分はいかがですか。帰られるのでしたら馬車を回します」
「い、いえ、魔石を見ていきます」
「もうよろしいのですか」
使用人にそう言うと、脇にいた受付嬢は少し呆れていた。
迷惑を掛けた上に、まだ我儘を言うのかと思っているのかもしれない。
「お持ちします。少々お待ちください」
そう言って一度部屋を出ていった。
ここは休憩室のようだった。
あの入口の喧騒は届いて来ない。
ガチャリと音を立ててドアが開き、再び受付嬢がやって来た。
「こちらになります」
木のトレイに並べられ、産地や属性が書かれた札が付けられた魔石は、どれも立派なものだった。
「火熊、コカトリス、霜氷蛇に翼トカゲ。そしてこの小さいのは岩モグラの魔石になります」
「岩モグラ?」
「はい。鉱山でよく見掛けます」
何かが私の中で警鐘を鳴らした。この感じはなにかにとてもよく似ている。
「全部、買わせて下さい」
「よろしいのですか。特に火熊はお高いですよ」
「構いません」
「お支払いは、魔法カードでよろしいですか?」
冒険者ギルドや商業ギルド、どこのギルドでも扱っている財布代わりの便利なものだ。
魔法インクのサインで認証する。
私はそれで支払って、もう倒れたことなど忘れたように、手に入れた魔石を胸に抱えて冒険者ギルドを後にした。
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