32 樹木の魔石
爽やかな風が吹き抜け、木々の枝を揺らしている。
冬になっても落ちない針葉樹の尖った葉は、色の少なくなった山々に彩りを与えていた。
「リディアお嬢さま、お気をつけ下さい」
使用人に手を取られ、馬車から降りる。
目の前には白い山々が迫っていた。
私は魔石の研究のために、インクの材料を求めてこの地までやって来ていた。
広葉樹が多い王都やエルツベルク領と比べると、本格的な冬が一足先に訪れている。
「わぁ広い」
高台から見下ろすと、辺りは深い森で囲まれている。
ここは木々を育て、その恵みを生活の糧としている村だった。
「こちらですお嬢さま」
案内してくれる使用人は、この地域の出身だ。
ここで生産されるものには、とても詳しい。
「この村は木こりを生業としている者が大半です。夏は木を切り出し、冬は加工品を作っている。家具や子ども用玩具が有名です」
道を歩くと、家々のひさしの下に、木材がずらりと並べられている。乾燥させている最中なのだろう。
「それで、ここで採れる魔石というのは……」
「こちらになります」
彼は一軒の店の前で足を止める。その建物にも大量の木材が並べられていた。
店先には積み木やお皿、テーブルに物入れ、様々な木製品がところ狭しと置いてある。
その隅のテーブルに、コロリとした石がいくつか乗せられていた。
「これが……木から採れる魔石」
偶然か、長い年月を掛けたのか、木の魔力の結晶が石となって形作られる。
鉱山で採れるものとはまた違う魔力を内包した魔石だった。
「わっ、きれいなお姉さん! 魔石が好きなの? これっ!」
店の奥から頬を赤らめた少年が現れる。手には魔石が握られていた。
きれいというのは、きっとドレスや髪型のことだろう。
「こ、こらっ。お前、お貴族さまのお嬢さまに無礼だぞ。すみません、田舎者で礼儀知らずでして」
慌てて店主が飛んでくる。
「いえ、大丈夫です。そこのあなた、これがこの地域で採れた魔石なの?」
私は背を屈め、彼の手の中の琥珀に似た茶色の魔石を覗き込む。
確かに静かな光を含んでいる。太陽の光のような温かみがあり、木肌のように穏やかだった。
「うん、オレが拾ったんだ。森で時々見つけられる」
「そちらへ案内していただけますか」
「お安い御用です。おいお前、出掛けてくるから店を頼む」
「オレも行く」
店主は奥さんに声を掛けると、上着を羽織る。
「こっちこっち!」
少年も飛び跳ねながら、先を走って行った。
私たちは針葉樹の森に入り込んだ。
木を切り出すための道が続いている。
森の中は暗く、下草はほとんど生えていない。
風が遮られ、意外にもそれほど寒くなかった。
「リディアさま、足元にご注意を。根が張り出しています」
「ありがとう。転ばないように気をつけます」
私は辺りを見回しながら歩いていた。
家の近くの森とは様相が全く違っている。
ピンと張り詰めた空気に、針葉樹から出る鋭い香りが鼻を刺激した。
大きく息を吸い込むと、肺にまで小さな針が届くようだ。
「キャッ」
ゲーゲーと鳴く声が耳に届いた。
一瞬、魔獣かと身構える。
「あれはカラスだよ。弁当を盗まれるぐらいで、そんなに怖くない」
ツイッツイッという声も森の中に響いていた。
「魔獣の被害はそれほどありませんね。熊もこの辺りでは見掛けない。猟師が定期的に見回りをしていますから、ご安心を」
私はホッと息を漏らした。
昼なお暗い森では、必要以上に恐怖を感じる。
「お姉さん、ここだよ」
少年が、大木の根元へ駆け寄った。
「ほらっ。これ」
斜めに幾筋も傷が付けられている。
そこから樹液が染み出して、くくりつけられたカップに溜まっていた。
「この樹液を煮て、ドロリとした状態の樹脂にします。接着剤としても使えますし、滑り止めの役にも立ちます」
「精油もランプオイルに使ったり、薬やインクの材料になるんだぜ」
少年が胸を張り、自慢げに鼻をこする。
「この木のところで、魔石が採れるんだ。ええと」
彼は辺りをキョロキョロと見回し、樹脂の塊を見つけて拾い上げた。
「こんな感じ。これは魔石じゃないけど、こういうのの中からたまに見つかるんだ」
「へぇ。落ちてるのね」
その樹木が特別なのか、それとも長い年月を掛けて魔石に変化したのだろうか。
同じように傷が付けられた木が何本もある。
この辺り一帯は、樹液採集の場所なんだ。
「あの、こんなところが何箇所もあるのですか」
「ああ、管理している家それぞれが行っているからね」
各家ごとに区画が分けられているようだ。
チチチと鳴いた鳥の声に呼ばれたような気がして、私は視線を背後に移した。
木漏れ日の落ちている場所で、何かが光る。
私は近づいて、腰をかがめた。
「あった!」
枯れ葉の中に埋もれそうになっている石を見つけた。
掘り出して土を払うと、わずかに光が含まれている。
「えっ! お姉さんすごい。滅多に見つからないのに」
「魔石を見つけるのは得意なの」
少年に褒められて、思わず笑みがこぼれる。
手の中の石も嬉しそうに微笑んでいる気がした。
「樹液と樹脂に精油、それに魔石。このくらいでよろしいでしょうか」
「木片と葉っぱも一緒に下さい。すみません、馬車に運んでいただけますか」
私たちは店に戻り、樹脂や魔石の在庫も一緒に手に入れた。
木片などを買ったのは、分析をするためだ。
「よかったら、うちの村の木材も買ってくださいね。建築材料として、とても長く保つのです。お知り合いに口添えしていただけるとありがたい」
「そうですね。父に話してみます」
太陽が西に傾いた頃、木こりの村を後にした。
樹液から魔石が生まれるなんて……
まさか、魔石があんなふうに落ちているなんて知らなかった。
本で調べるだけよりも、足を運んで確かめる方が、ずっと得るものが多い。
「木の樹液から出来る魔石か……」
この石にはどんな力が秘められているのだろう。
調べるのが、とても楽しみだった。
「あら……?」
足に違和感があると思ったら、小さな樹脂が靴にくっついてしまっている。
「お嬢さまの革靴が。後で私が手入れしておきましょう」
「いえ、自分でやります」
これは……
小さな樹脂は、歳を重ねた樹木のような重く鈍い光を宿していた。
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