30 魔石を生む魔法陣
紙の上に魔石を乗せて、暖炉の前に置く。
パチパチと燃える炎に照らされて、石が虹色に輝いていた。
魔法陣が淡く光を持ち、円を描くように熱が魔石に流れ込む。
そっとピンセットで石を挟み、観察器の上に乗せる。
表示された数値を目にして、私は瞳を輝かせた。
「できた!」
私が触れていなくても、魔力が込められた。
魔法陣の力だけで、魔石を作り出すことに成功したんだ。
私にしかできないわけじゃない。魔法陣でも再現できる。
孤独な戦いの中で、仲間を見つけたような嬉しさが、胸に広がった。
「と言っても、魔力1か……」
理論は合っている。だからこそ成功した。
けれどこれでは使えない。
私一人を温めるだけでも、一時間ともたないだろう。まだまだ改良が必要だ。
頑張ろう。そう思って魔法陣が描かれた紙を持ち上げた。
「先生、リディアです」
フランツ先生の研究室を訪ねた。書物の森が一層深くなり、足元まで本が積み上がっている。
「おお、少々お待ち下さいリディアさん」
一人の女子生徒が座っていた。
彼女は先生に向かって頭を下げ、振り返らずに出て行った。
「エルザさん……?」
……ジークの、婚約者になった女子生徒だ。
すれ違った時に、目元がキラリと光った。
泣いていた? 彼女に何があったのか。
「どうされました。また参考資料ですかな」
「あっ、いえ、ちょっとご相談がありまして」
先生のいつも通りの声が、意識を引き戻す。
去って行った彼女が残した百合の香りが、妙に印象に残った。
「レオンさまですと?」
「はい。魔法陣についてお聞きしたくて」
「うぅむ、困りましたな。あの方に連絡を取るのは難しいですぞ」
騎士として、どこか遠くへ出掛けているのか、それとも家の仕事が忙しいのか。
「私がなんだって?」
不意に声が降ってきた。本棚の影から顔を覗かせている。
「レオンさま? いつからそこに」
ヒャッと言いながら、先生の方が驚いている。
どこか隠し扉からでも入ってきたのだろうか。
「さっきからいたよ。ここは先生の結界が強いから、落ち着くんだ。名前を呼ばれたから、出てきた」
悪びれもせず、飄々とした態度でそう言った。
「レオンさま、お願いがあって参りました。魔法陣の改良にお付き合いいただけませんか」
彼に近づき、手にした魔石とノートを差し出す。
男性にお願いするなんて、初めてだ。断られたらどうしよう。
胸が高鳴り、鼓動が耳に響くほどだった。
「いいよ」
レオンさまは爽やかな笑顔を浮かべ、あっさりと応えてくれた。
「フランツ先生、椅子とテーブルを貸してもらえるかな」
「どうぞお掛けください。必要なら資料も出しますぞ」
先日借りた物とはまた違う、様々な応用が書かれた本が積み上げられる。
「さてレディ、どういった魔法陣についてかな」
「はい、教えていただいた通り、魔法インクを購入して描いてみました。成功はしましたが、数値が上がらなくて」
「もうできたのか。それはすごい」
切れ長の目を大きく見開いて、驚いていた。
傍らにいる先生の目も丸くなっている。
テーブルの上に魔石を置き、実際に見てもらった。
「これはすごいですぞ。本当に出来るとは」
「……確かに魔力が秘められている。素晴らしい」
二人は簡易的なレンズで石を覗き込み、称賛の声を漏らしていた。
「まだ使い物になるほどではなくて。なのでもっと効率的にできないかとご相談したかったのです」
「そうだね……」
レオンさまは黙って魔法陣を眺めていた。
指先が、模様を描くように動いている。
魔法陣の構成を考えているのだろうか。
「――二つ重ねてみてはどうだろう。或いは連結してみるのもいいかもしれない」
「あまり何枚も重ねるのはよくありませんな。共鳴して打ち消し合ってしまいますぞ」
私のノートの紐を解き、重ねたり、隣り合わせにしたりしている。
さらに紙を折り、角度を変えて線を合わせるのはどうかと話し合っていた。
「うん? レディ、ちょっといいかな」
レオンさまは手を伸ばし、私の袖口をそっとつまんだ。
急なことに、私は思わず身を固くする。
「この刺繍……これは君が?」
袖口の刺繍だ。皆制服に、独自の飾りを入れている。
「い、いえこれは、母、が……」
私は顔を赤らめながら、何とか答える。
レオンさまは私の震えになど気づかずに、真剣な表情で刺繍を眺めている。
「こちらの刺繍もかい?」
さらに襟元に手を伸ばした。
(ち、近い……)
レオンさまの手のひらの熱を感じる。彼の吐息が首にかかり、男の人の匂いがふわりと鼻を掠める。
「あ……」
「レオンさま、あまり無体なことをしてはいけませんぞ」
「ああ、失礼。変わった刺繍糸だったので、つい見入ってしまった」
パッと手をどけて、距離を取った。
けれど、視線はまだ襟元に釘付けになったままだ。
「その刺繍糸――火の魔石が練り込まれているね」
「えっ?」
意外なことを言われた。なぜそんなところに魔石が使われているのだろう。
「袖の方は光の魔石だ。首元を温めるためと、――悪い病気を寄せ付けないようにするためだろうか」
私はハッとアデレイドさまのお屋敷でのことを思い出した。
光の魔法で水を浄化していたではないか。
「それは面白い使い方ですな。魔法陣にも応用できるかもしれませんぞ」
「……魔石を粉にして、魔法インクに混ぜてみるのはどうだろう。少し温めれば溶けるかもしれない」
「なるほど。魔法陣の属性を強める効果が期待できますな」
火の魔法陣には火の魔石を使ったインク、水の魔法陣には水の魔石というように。
先生はうんうんと頷いている。
「そ、そんな方法が……!」
二人の発想に驚いた。
専門家でなければたどり着けない考えだ。
「いやこれは、君の母上の刺繍があったからこそだ」
「かなり意図が感じられますな」
そういえば、ルチアお姉さまの炎のドレスにも、赤い刺繍が施されていた。もしかしてあれも火の魔石を使ったものだったの?
「リディアさん、魔法インクの調合についてはこちらの本が詳しいですぞ」
先生の声に、私は現実へと引き戻される。
けれどまだ、胸の中に熱いものが残っているのに気がついた。
――魔法陣や、母の刺繍のことだけではないだろう。
今はそのことについて、考えないようにした。
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