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29 ツノウサギ

 葉の落ちた木々の間から、日差しが降り注いでいる。

 すっかり冬支度を終えた庭は、とても見通しがよく、雪を被った遠くの山まで見通せる。

 青い空と日の光を浴びて輝く山は、まるで絵画のように美しい。

 連なる山々を眺めながら歩いていると、吹き下ろす冷たい風が頬を撫でる。

 温かな日差しを浴びながら、私は気分転換に散歩をしていた。


「あれ? ツノウサギ」

 動物がピョンと跳ねた気配を感じ、そちらに目を向ける。木の向こうに何かいた。

 白い毛に長い耳、キラリと光る角は間違いない。魔石が獲れるツノウサギだ。


「待って!」

 慌てて網を持ち出して、後を追いかける。

 思ったより逃げ足は速くない。私は網を振り回した。


「えいっ。えいっ!」

 ブンブンと網を構えて追い掛けるけれど、ツノウサギは巧みに避ける。

 後ろ足で力強く跳ねて、右へ左へと向きを変えながら駆けていく。

 すぐに息が切れて、見失ってしまった。


「せっかく本物がいたのに」

 この辺りでは珍しくない動物だ。月明かりの中で跳ねている姿をよく見掛ける。

 けれど、捕まえるとなると話は別だ。

 運動不足の私では、とても追いつけそうにない。


 ふぅと息を吐きながら、その場に座り込んだ。

 広い敷地内のどこかに巣があるのかと考えながら、辺りを見る。


「あら……?」

 木の陰に白い毛皮がうずくまっている。

 足音を忍ばせながら近づいてみると、さきほどのツノウサギだ!


「どうしたの?」

 体が震えている。私が怖いわけでも、寒いわけでもなさそうだ。

 もう少し近寄って、じっくりとその姿を観察してみた。


「怪我してるじゃない!」

 動きがおかしいと思ったら、前足が赤く染まっている。

 これでは上手く走れない。だからあんなに近づけたのか。

 このまま放置していたら、きっと大きな鳥や獣に襲われてしまうだろう。


「ちょっと待ってね。えぇと」

 辺りを見回して、落ち葉の影に緑色の葉を見つけた。

 冬でも枯れないオオバコだ。傷薬にもなる薬草だった。

 私はそれをちぎり取り、指先でよく揉んだ。

 プンと青臭いにおいが鼻をかすめ、どろりとした汁が滲み出る。


「逃げないでね」

 そう言いながらツノウサギに近づいて、前足の傷に揉んだ薬草を乗せた。

 小さな前足は温かく、ふさふさとした毛で覆われている。

 上から一枚のオオバコで覆い、さらに細長い枯れ葉で巻き留めた。

 ツノウサギは暴れもせず、目を瞑っておとなしい。

 やがて震えが止まり、余分に摘んでいたオオバコの葉を置くと、シャクシャクと音を立てて食べ出した。


 これで早く治るだろう。痛みもそのうち引いていく。

 幼い頃、ルーカスお兄さまに教えられた応急処置の方法だった。

 庭を走り回り、転んだ私を手当してくれた。

 傷跡も残らずきれいに消えたから、きっとこの子も大丈夫。


「気をつけてね」

 そう声を掛けるとツノウサギは一度私を見てからピョンと跳ねる。

 そして冬枯れの庭の奥へと消えていった。


「あっ」

 捕まえようと思っていたことなど、すっかり忘れてしまって見送っていた。

 もう葉のついていない木々の枝が、風に吹かれて揺れるばかりだ。

「また会えるかな」

 そう呟きながら、立ち上がった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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