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03 冷遇

 あの時を境に、私の生活は一変した。


 いつもの時間にダイニングへ行くと、そっと執事に押し留められる。

「これからは、リディアさまのお部屋に運ばせていただきます」

 そう言うと、メイドが夕食を運んできた。


「どうして? 今日はお父さまもお母さまもいらっしゃるんでしょ。だったら一緒に――」

「旦那さまからのご指示です」

 そう冷たく言い放たれる。

 

 そして私の部屋は、家族が住まう本宅から離れた場所に移された。

 普段は誰も近づかない、敷地の隅に建てられた石造りの建物だ。

 入った瞬間、足元から冷気が這い登る。

 立っているだけで底冷えがひどい。

 一応掃除はされているけれど、窓も小さく雰囲気も暗い。


「寒くて暗いし、景色も悪い。ここ、おじいさまが亡くなってからずっと放置されていた旧館じゃない」

 私は荷物を勝手に運んだ執事に抗議する。

 けれど彼は私を一瞥しただけだった。


 元の部屋へ行くと、既に家具が運び出されている。

 お姫様のように可愛らしい白いベッドも、学院に入学する時に作ってもらった机も、領内の職人が作った凝った魔法ランプも何もかも。


「どうして?」

 がらんとした部屋を前に、私の心にも穴が空いてしまったようだ。

 家族との思い出までも消えたように、心に冷たい風が吹き抜けた。


「お家の財政が厳しく、生活の足しにされると伺っております」

 絨毯を運び出そうとしていた下男がそう説明する。


 家族は誰も私を顧みず、団らんの場にも呼ばれない。

 冷えた夕食が運ばれて、独りさみしくそれを口にする。 


 両親の態度は明らかによそよそしくなってしまった。

 父は仕事が忙しいと、私に声も掛けてくれない。

 母はまるで腫れ物にでも触るかのような扱いだ。


「お母さま、私の話も聞いて欲しいの」

「今忙しいの。後にしてちょうだい」

 そう言って棚から刺繍の道具を取り出すと、椅子に座り針を進める。

 父が着るシャツの飾りだ。

 そんなの私の話を聞きながらでもできるのに。


「リディア、我儘もいいかげんにしなさい」 

 エーリヒお兄さまはそう言って、冷たい瞳で見下した。

「家の役に立たない者を、家族とは呼べない」

 吐き捨てるように言葉を投げつける。

 跡取りの兄は、お荷物な私を迷惑に思っているのだろう。

 けれど、何かに気づいたように視線を留めた。

 ほんの一瞬、言葉を失ったように。


「そのペンダント」

 私の胸を飾っているのは魔石で作られたものだ。

 それがダイヤモンドのようにキラキラと光を放っている。

「その魔石――そんなに輝いていたか?」

 そう言いながら手を伸ばす。

 

「これはおばあさまの形見分けでもらったのよ。渡さないわ」

 ペンダントをギュッと握りしめ、身を翻す。

 もう何も奪われたくなかった。



「魔力なんかなくてもリディアはリディア、大切な可愛い妹だよ」

 そう言ってくれたルーカスお兄さまは騎士寮に入り、会えなくなった。

 誰も来ない寒々とした部屋で、ただ勉強をする日々が続いている。

 そんな私の希望の光が、ジークとの未来だったのに。

 

 ――それも失われ、私は暗い部屋で毎日をやり過ごしていた。



 ある日、運ばれてきたスープを温めようと、キッチンへと向かった。

 シェフが使うようなものではないけれど、こぢんまりとした調理場が付いている。


「これ、もしかして、魔石コンロ?」

 すっかり汚れて黒くなっている。なので魔石にも気づかなかった。

 蓋を外して布で拭き、もう一度セットすると、カチッと音がして火が点いた。

 鍋に入ったスープとお茶用の湯を沸かし、少しだけほっとすることができた。


 改めて周りを見ると、あることに気がついた。

 部屋の飾りなのか、祖父の趣味なのか、あちこちに魔石がはめ込まれている。


「すっかり曇って可哀想」

 まるで今の私の心のようだ。

 埃にまみれ、光が見えない。

 もう、魔力もない魔石なのかもしれないけれど、そのままにしておく気にはなれなかった。


 布で拭くと透明な石が現れる。

 元は光の魔石だったのか、それとも火や風の魔石だったのかもしれない。

 少しだけ気が晴れた。


「何かしら、あれ」

 ふと顔を上げると、衣装部屋の床におかしな突起がある。

「取っ手?」

 床に金属がはめ込まれている。

 それは指先で押すとクルリと回転した。


 力を込めて引き上げると、蓋が開いた。

 こんなところに蓋があるなんて、床下収納なのかもしれない。

 私はランタンを取ってきて、恐る恐る足を踏み入れた。


 暗い。

 それに少し黴臭かった。

 手を当てた壁はヌルリとして湿っている。

 足元は意外に頑丈そうな階段だ。

 土魔法使いの祖父が造ったものだから、石造りにしたのだろう。


「ここは……」

 少し広めの地下室だった。

 石の壁に囲まれて、物が雑多に置かれている。


 棚が置かれ、木箱が積み上げられている。

 その脇には鉱山で使うシャベルやツルハシが並んでいた。


「何が入っているの?」

 引き出しを開けると小さな箱が並んでいる。

 中からきらめく魔石が現れた。


「えっ? すごい」

 それは透明度が高く光も強い極上品だ。

 まるで南国の海が閉じ込められたように、青く輝いている。

 母の故郷を描いた絵のようだ。

 よく見ると箱の裏に種類と採集した場所、年月日が記されていた。


「おじいさまのコレクション!」

 間違いない。箱を次々開けてみる。

 爽やかな匂いを運んでくれる風の魔石、力強い大地の力を秘めた土の魔石。

 どれもずっと見つめていたくなるほど、立派で希少な品ばかりだった。


 ほとんどエルツベルク領の鉱山で採れたものだ。

 私は輝く魔石に心を奪われる。

 こんな素晴らしいものが、ただ寒く寂しいだけだと思っていた離れにあるなんて。


「これは、なに?」

 隅には木箱が積み上がっていた。

 無造作に置かれ、箱自体も頑丈そうではあるけれど、質素なものだ。

 蓋を開けると石がぎっしり詰まっている。


「空の魔石? でもどうしてこんなにたくさん」

 お父さま曰く、価値のないゴミだそうだ。

 私のように、透明で形がいいからと集めたにしては多過ぎる。

 鉱山領主のコレクションとも思えない。

 何か……誰かの意図が、感じられる。


「おじいさまは何を考えていたの?」

 魔石コレクションは価値あるものだから、隠したのかもしれない。

 けれど空の魔石は部屋に置いても、庭石にしてもいいはずだ。


「わぁ。大きい」

 ひときわ大きな、赤ん坊の頭ほどもある空の魔石が入っていた。

 坑道から魔石を運び出す動力、もしくは粉挽き工場などで使っていたにしては大きいし、透明度が高過ぎる。


 この石は何に使われていたのだろう。そう考え始めると止まらない。

 海を渡る船にでも使っていたのだろうか。

 もしかして、王宮で?

 おじいさまも、そうして人々の暮らしを支えていたのだろうか。


 私はランタンの明かりに照らされている大きな石を前に、いくつもの想像を膨らませていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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