26 魔石鉱山の街
頂に雪を抱いた山々が、街を守る砦のように連なっていた。
氷の息吹を思わせる風が吹き下ろし、肌を裂くような冷気を叩きつける。
今日は魔石鉱山の街へとやって来ていた。
学院へ入ってからの日々は忙しく、ここへ足を運ぶのも久し振りだ。
「これは……」
街の入口に足を踏み入れた瞬間、異変を感じる。
昔は活気にあふれ、呼び込みの声や人々のざわめきで賑やかだった通りだ。
今は店の扉は固く閉ざされ、かつてあった看板は取り外されていた。
祖父に連れてこられた鍛冶屋。
昔は職人たちが忙しく槌を振るっていたのに、今は火の消えた工房に埃が積もっていた。
白い道の先に広がっていた市場は、何もない空き地に変わり果てている。
焼き立てのパンや、串焼きのにおいが漂い、威勢のいい鉱夫たちが豪快にお酒を飲んでいたのに、とても同じ場所とは思えない。
吹き抜ける風が、錆びた支柱に貼られた紙をパタパタとはためかせていた。
大通りを歩く人もほとんどいない。
ただ風が落ち葉を建物の隅に集めている。
まるで街が干からびてしまったような静けさだった。
「いつの間にこんなに人が減ってしまったの」
閑散とした街の一角で、食料品を扱う店が細々と商いをしていた。
店の中を覗いてみると、小麦粉が数袋と、干し肉が申し訳程度に並んでいる。
新鮮な肉や野菜は見当たらない。
「いらっしゃい学院の生徒さんかい」
制服姿の私に目を向け、声を掛けてくる。
キョロキョロと店内を見回す視線に気づいたのか、店の女主人は「こんなに人が減っちゃ、商売あがったりだよ」とため息交じりに呟いた。
「あの、昔おじいさまと来た時は、もっと人が多かったはずですが」
「ああ、この辺りはもうダメだね。あの坑道から魔石が出なくなって、鉱夫たちはみんないなくなっちまった」
彼女は古びた木箱から干し野菜を取り出して、棚に並べる。
「それに実入りもないから、ろくな仕入れもできやしない」
「そう……なんですか」
想像以上に状況は悪化している。立派な離れに住み、学院に通える私はまだ幸せなのかもしれない。
甘い香りのする堅焼きクッキーを一袋手に取り、女主人に小銭を渡す。
「ありがとうね」
彼女の顔が少しだけ明るくなった。
「裏山の方はまだマシだから、話が聞きたいならそっちへ行ってみるといい」
はいお釣りと、小銭とオマケの飴が手のひらに乗せられた。
女主人に教えられた坑道の入口へ行くと、仕事を終えた男性たちがツルハシやスコップを抱えて出てくるところだった。
その中の一人、ひときわ背の高い屈強な男性が声を掛けてくる。
「こりゃ……リディアお嬢さま。こんなところへようこそいらっしゃいました。どうかされたんで?」
「鉱山長! お久し振りです。お元気でしたか」
見知った顔に、私は思わず駆け寄った。
子どもの頃におじいさまに連れられて、よく鉱山へとやって来た。
彼はその頃からの責任者だった。
「最近魔石が採れないと聞いたのです。この辺りの状況はいかがですか」
「こっちはまだマシでさぁ。しかし全体で見ると、十年前の三割ほど減っちまっている。お貴族さまには渡せるが、庶民には届かなくなっちまって」
鉱山長は困ったように腕を組んだ。
三割減……なら、まだ採れなくなったとは、言わないかもしれない。
けれど、我が家の困窮ぶりは酷かった。
「そりゃそうさね。それだけ減れば利益はほぼない。人夫を繋ぎ止めるのも苦しくなった」
だから街にはあんなに人が少なかったのか。
「昔は街に人があふれていたんだがな。地方から出てきた若いもんも多くてよ」
雑貨屋や酒場が賑わっていた。魔石を掘る道具や運ぶ品々を売る店も、と付け加える。
「あの、今どうなっているのか、詳しく教えていただけますか」
「ああいいですぜ。おい、地図を持って来い」
近くにいた青年に資料を持ってこさせると、彼はそれをテーブル代わりの岩の上に置いた。
鉱山の図が描かれた地図を広げ、指先でなぞる。
「今いるのがここ。八年ほど前に新しく掘られた坑道でさぁ。そっちの古い坑道は、もう魔石のひとつも出なくなった」
「掘り尽くされたのですか」
「いやそれがおかしいんだ」
鉱山長は足元に転がっていた石を掴み上げる。
「こいつしか出ないんでさ。魔石と同じ質だが魔力がない。まるで使い切っちまったみたいに。たくさん採れても価値はないな」
空の魔石を受け取り、じっと見つめる。
薄汚れ、曇ってしまっていてとても寂しそうだった。
同じ石を知っている。屋敷の近くのズリ山に、たくさん捨てられていた。
「そう。同じ鉱脈なのにこちら側からは魔石が出る。一体どうなっているんだか」
私は坑道の入口を見回してみた。
変わったところは特にない。鉱夫たちが中から石を運び出している。
「あら……?」
作業には必要のないものを見つけ、私は疑問の声を上げた。
「結界?」
魔法陣が描かれている。
許された人以外は入れなくするためのものだ。
「ああそれですかい。泥棒避けだね。魔石は生活必需品だから、盗みに来るやつもいるんでさ。だから魔道士の先生に結界を張ってもらって、入れないようにしている。かなり高額だから、採れない坑道には張られていないがね」
確か、反対側の坑道は、入口自体が見張り小屋になっていた。だからこそ泥が入ればすぐにわかる。
さすがに腕っぷしの強い鉱夫ばかりの鉱山に、強盗は入らないだろう。
……今は廃墟になっているけれど。
「入れないように……」
私は口の中で同じ言葉を呟いた。
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