25 魔法陣試作
授業が終わり、私はフランツ先生の研究室を訪ねた。
「失礼します」
ドアを開け、中に入ると相変わらずの本の量に圧倒される。
「どうかされましたかな、リディアさん」
「あの、魔法陣について調べたいのです。自分で描いてみようと思って」
「ほう! それはすごい。挑戦する人はなかなか少ないですぞ。確かこの辺りに資料があったはずだ」
言いながら、はしごに昇って天井近くの本に手を掛ける。
「これと、これ。こちらもですな」
バランスを崩して落ちるのではないかとハラハラしながら眺めていたけれど、無事数冊の本を抱えて降りてきた。
先生にとっては日常的なことらしい。さすが本の森の主だった。
「基本的なことから形式の解説はこの本。さらに応用の術式を重ねる、連ねる、大きさを変えるなどはこちら。なかなか奥が深いですぞ」
テーブルの上に本を広げながら説明してくれる。
「本来ならば専門の学部で学ぶことですが、リディアさんには必要なことなんですな」
顎を撫でながら、遠い目をして先生は言う。
「ありがとうございました。また色々教えてください」
先生に借りた本を抱え、頭を下げて部屋を出る。
今日はレオンさまに会えなかったな。
心のどこかで少しだけ残念に思っていた。
自分の研究室で、借りた本に目を通していた。
魔法陣の成り立ち、補助、魔道具への応用。
光の魔石は医療にも使え、土の魔石は薬を生み出す。
火の魔石は物を温めるだけではなく、染色技術にも、動力としても使える。
光の魔石は光るだけ、水の魔石は飲水になる。
ただそれだけのことだと思っていたのに、魔法陣ひとつで様々な使い道に変わる。
組み合わせれば、その可能性は無限大だ。
身近で使われているものに、こんな歴史があったなんて知らなかった。
私は本をパタリと閉じて、視線を宙にさまよわせていた。
そういえば。
離れにある温泉や暖炉。あれにも魔石が使われている。
「……おじいさまの離れ!」
思わず声を上げ、私は弾かれたように立ち上がった。
椅子が後ろでガタンと倒れる。
あの場所にきっとヒントがある。
そうだ、いつだって私はおじいさまに教えられてきた。
壁に掛けられていたコートを羽織り、家路を急いだ。
「あった!」
私は離れに戻り、まずは温泉を調査した。
岩のように大きな魔石の裏側、赤や青の魔石をはめ込んだくぼみの奥に、鈍く光る魔法陣が描かれている。
湯を張ると、熱と流れに引かれるように、少しずつ魔力が集まっていく。
――これは、温泉を使った魔力収集装置だ。
最初の頃は、私の中の魔力が移っているのだと思っていた。
でも違う。お湯が持つ熱、流れ、水。自然の力を拾い上げている。
長い年月を掛けて自然が生み出す魔力の結晶――その自然の力を魔法陣を使って効率的に移していく。
それは、私が触れることで魔石へと流れ始めるのだ。
暖炉の中や床板の裏にも、同じような魔法陣が描かれていた。
構造はそれほど複雑じゃない。
魔力の流れを熱へ変え、逆に熱を魔力へ変える、ただそれだけの回路に見える。
「応用術式の……あれか」
本に描かれた図を思い出す。
光魔法を熱に変える、緊急時の転用術式。
原理は同じだ。流れる向きが逆になるだけで力の質が入れ替わる。
試しに空の魔石を置いてみると、石の奥へと少しだけ力が吸い込まれていった。
魔力に変換されて、ほんのわずか光が灯った。
「よし!」
私は同じ魔法陣をペンで描き、次々と空の魔石を乗せていった。
それから本宅へ行って、執事に頼み込んだ。
「おじいさまの日記が読みたいの。書庫に入る許可を下さい」
「……あちらはエルツベルク領代々の記録が残されている部屋でございます」
彼の目がわずかに細められる。
「なぜ後継ぎでもないリディアお嬢さまが」
その声色は、不審げな響きを含んでいた。
「研究に必要なんです」
私の真剣な眼差しに気圧されたのか、執事はひとつ息を吐きながら「いいでしょう」と呟いた。
お父さまが、学院の特別研究生になったことを伝えていたのかもしれない。
「ただし、書庫へ入られる際は、必ず私から直接鍵をお受け取り下さい。また、中の資料の持ち出しは固く禁じられております。よろしいですね、リディアお嬢さま」
「もちろんです」
私は真っ直ぐ頷いた。
暗い廊下の先にある、長らく開かれることのなかった扉に鍵が差し込まれた。
ギィと軋む嫌な音と共に、書庫への扉がゆっくりと開かれる。
「恐れ入りますが、こちらでは火の使用を固く禁じております。ランタンや燭台の類は決してお持ち込みなさいませんよう」
そう告げると執事は後ろに下がり、私を室内へと案内した。
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