18 花嫁の品定め
学校帰りにパン屋に寄ると、長い行列ができていた。
私の顔を見ると、主人が奥へと招き、腕に抱えるほどの量のパンを渡してくれた。
「お前さんのお陰で助かった」
そう言ってウィンクをしていたけれど、無骨な店主には似合わなくて、思わず顔を綻ばせてしまった。
離れに帰り、すぐに食べない分を氷の魔石を使った貯蔵庫にしまっていた時だった。
「お嬢さま、お客さまがいらっしゃっているから――ご挨拶を、と旦那さまがお呼びです」
「ええっ。急なのね」
普通、訪問する場合は、何日も前に手紙で知らせが来る。貴族社会ではそれが礼儀だ。
それがないということは、何かの事情があるのだろうか。
「ドレスはマーサさんが準備しています」
そう言って彼女も忙しいのか、すぐに戻ってしまった。
仕方なく私は本宅へと向かったのだった。
「お嬢さま、申し訳ありません。先方がいきなり押しかけていらして」
「一体誰なの」
エーリヒお兄さまならともかく、私にまで用があるなんて。
「さぁ、私共には何もおっしゃらず。ただ、そちらのドレスを着用するようにと奥さまが」
部屋の隅に掛けられたドレスに気づいて、私は目を見開いた。
「ルチアお姉さまのドレスじゃない。どうしてお母さまはこの服を……」
数年前に他国の貴族に嫁いだ姉の服だった。
炎をイメージした大胆なデザインで、体の線を強調した、とても大人っぽいものだ。
「リディアお嬢さまにはまだ早いと申し上げたのですが」
困ったように顔を傾けながらも手早く肌の手入れをして、私に着付ける。
ファンデーションで肌の透明感を引き出して、瞳と同じ緑のアイシャドウで影を落とし、仕上げに赤いリップを引く。
髪を結い上げヒールを履いた私は女子学生ではなく、色香の漂う大人の女性――に見えた。
「ドレスに合わせて作られた、火の魔石アクセサリーでございます」
燃えるように美しい、ネックレスや髪飾りのセットが取り出される。
「待って! それではなくて、こちらの――金の髪飾りとピアスにしてちょうだい」
「そうですね。そちらの方が若いリディアお嬢さまにはよろしいかと存じます」
仕上げのアクセサリーを着けた時、ドアがノックされた。
「旦那さまがお待ちです」
私を呼びに来た執事だ。何の表情も浮かべずにうやうやしく頭を下げている。
彼に手を取られ、まるでこれから売りに出される子羊のように怯えながら、客間へと向かった。
「失礼します」
ドアが開かれ、静々と進んだ私を出迎えたのは――とても大柄な男性だった。
「おおリディア嬢! ……これは美しい。まるで炎の妖精のようだ。こんなに成長されていらしたとは」
「いらっしゃいませ」
私はドレスをつまんで頭を下げる。
見上げた時に目に入ったのは、岩のようにたくましい胸や肩。声も、地響きがするほどに大きい。
「前回お会いした時、あなたはまだ小さかったから覚えていないか。わたしはブルクハルト・ライアーだ」
その名を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。
視線が私に纏わりつく。
下から上へ、舐めるように這い上がる。まるで値踏みをされているようだ。
大きく開いた胸の谷間や、首筋、唇に視線が留まり、寒気が走った。
「こんなに仕上がっているのなら、卒業を待つこともありますまい」
「ブルクハルト殿、いくらなんでもそれは……」
さすがに父も言い淀む。
「美しい花嫁を、病床の父に見せたいのですよ――一刻も早く」
私は青ざめた。
もっと先のことだと考えていたのに、今日、ほとんど初めて会ったと言っていい人に、そんなことを言われるなんて!
「いや、妹はまだ幼い。とても一人前とは言えないし、貴族として必要な教育も終えていない。……今日は顔合わせということで、これから親交を深めていってはいかがでしょう」
珍しくエーリヒお兄さまが助け舟を出してくれた。
兄もまだ結婚をしていないのに、一番下の私が嫁ぐのもおかしいからなのかもしれない。
「では、お言葉に甘えてしばらく滞在させていただきましょう。リディア嬢とゆっくり話がしたいのでね」
ブルクハルトさまは私の手を取ってキスをする。
お兄さまは泊まって下さいなんて言っていないのに!
ジークの時は天にも昇る気持ちだった。
なのに今は――触れられた場所から、ピリピリとした寒気が全身を駆け巡っていた。
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