17 魔石不足の街
朝日が窓から差し込んでいる。
光に照らされて雪を被った山は輝き、葉を落とした木々のおかげで庭も見通しがいい。
生まれ変わったように世界が明るく見えて、心も弾む。
「今日はパンを買いに行かなくちゃ」
メイドが届けてくれるパンは、まるで保存食のように固かった。
スープに浸さなければ食べられない。
学院へ行く前に、街の食料品店へ寄ってみようと考えた。
「こんにちは」
カランと音を立ててドアを押し開ける。
一人で買い物なんて初めてだ。
必要なものは、いつも執事やメイドが用意して、受け取るだけだった。
少しだけあるお金を握りしめて、ここまでやってきた。
「いらっしゃい。おや、学院の生徒さんかい」
パン屋の主人が振り向いて、怪訝そうな顔をする。
学院にも食堂はある。だからわざわざ街で買う人は少ない。
まして生徒は皆貴族ばかりだ。騎士の訓練ですぐにお腹を空かせる男子たちはともかく、庶民の店に足を運ぶ令嬢は、とても珍しかった。
「ええと、パンをいただきたいんですけど……?」
暗い店内をぐるりと見渡して驚いた。
まだ早い時間なのに、棚がほとんど空いている。
隅に岩の塊のような物はあるけれど、私にはきっと食べられない。
「ああ、今粉を挽いているから、まだだいぶ掛かる。魔石が値上がりして粉屋に頼むのも高くなったから、自分たちでやっているんだ」
粉で手を白くしながらそう答える。
驚いた。魔石不足が、こんなところにまで影響しているなんて。
「窯も薪で焚いている。この後薪も割らなけりゃならん。全く、昔はそうやってパンを焼いていたが、すぐ使える魔石の便利さに慣れたらやってられんよ」
主人は言いながらため息をついた。
「あの、何の魔石を使っているんですか?」
「風と火の魔石だ。臼を動かすのにも必要だからな」
どっこいしょと言いながら麦を移す。必要な量を挽き終わるのに、かなり時間が掛かりそうだ。
「もしかして……この魔石があれば、早く作れますか」
私はポケットの中からそっと力の満ちた魔石を取り出した。
「こ、こりゃ風の魔石! お嬢ちゃんどうしたんだい。家から持ち出したのか」
「え、ええ。まだ少し家にあって」
「ふぅん。お貴族さまのところにはまだあるのか。よし、それをもらえるなら毎日優先的にパンを渡そう。一番上等なふかふかのパンだ。ただし、――他の人には言うなよ」
「本当ですか!」
私は飛び上がった。こんな小さな魔石でそこまで言われるなんて。
主人はさっそく石臼に魔石をセットする。
小さな穴に押し込んだ途端、動き出し、ゴゴゴと音を立てながら回り始めた。
サラサラと白い粉がこぼれ落ちる。
先ほどまで手で挽いていたものとは比べ物にならないほど、細かくて均一だ。
「夕方には焼き上がるから、学院でお勉強をしてくるといい。取っとくよ」
「また帰りに来ます」
そう言って頭を下げると、学院には行かず、商店の並ぶ通りへと向かった。
町の様子は以前通った時とは一変していた。
半分以上の店のドアは固く閉ざされ、窓も鎧戸が下りている。
開いている店を覗いてみても、人の気配がなく薄暗い。
「ちくしょう! うまく打てねぇ」
鍛冶屋は振り下ろす槌に苛立ちをぶつけるように毒づいている。
炉の火が弱く、金属が十分に熱せられないのか、思うように加工ができないらしい。
「魔道ミシンが動かないから、お貴族さまの衣装の仕立ても進まなくって」
人気のドレス店でも針子がため息をついていた。
手元も暗くて、日中しか仕事にならないとぼやいている。
「せっかく獲れた獲物の肉が腐っちまう。凍らせることができねぇなら、干し肉にするしかねぇ」
「温度管理ができなくて、薬の品質が安定しないわ」
「うちの子が熱を出してるんです。なんとかなりませんか薬師さま」
あちこちの店から、魔石不足への嘆きが聞こえてきた。
魔石不足が、こんなにも生活に影響しているなんて。
それも、うちの領で魔石が採れないのが原因なのだ。
山から冷たい風が吹き下ろす。私を捕らえるように纏わりついて離れない。
申し訳なさに、心まで凍りつくようだった。
「おい、止めろ。あの制服姿の女子学生。……彼女だ」
黒光りする金属製の馬車が、歩みを止める。
全身を舐め回すような視線が向けられているのに、まだ私は気づいていなかった。
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