16 世界を変える力
「これは……こんなことはありえませんぞ。空っぽの魔石が魔力で満たされるなど」
フランツ先生の唇が、驚きと戸惑いで震えていた。
両手にひとつずつ、空の魔石と光の魔石を掲げ、見比べている。
「魔石は一度きりの使い捨て。失われた魔力は二度と戻らない……それが、この世界の常識だったのですぞ」
先生は息を長く吐き出して、魔石をそっとテーブルに置いた。
光の魔石、火の魔石、水の魔石。
机の上に並べられた石たちは、どれも今生まれたばかりのように瑞々しい輝きを放っている。
私は足が震えているのに気がついた。
まだ、自分が起こしたことの重大さを、受け止めきれずにいた。
「こちらも……見ていただけますか。いつも身につけているアクセサリーです」
私は髪飾りを外し、祖母のペンダントもブラウスの下から引っ張り出して、机に置いた。
どちらも、以前とは比べものにならないほど強い光を宿している。
「なんと……これは最高級の魔石ですぞ。貴族――いや王宮でも滅多にお目にかかれないほどの質だ」
先生は目を丸くして、宝石のような輝きを放つ魔石にそっと触れる。
「これは元から力のあった魔石で……でもこんなに強くは光っていなかったのです」
「あなたは魔石に魔力を満たすだけでなく、質そのものも高めている」
張りのある若い声が、部屋の奥から静かに響く。
そちらへ目を向けると、本棚の影から黒いマントをまとった男性――レオンさまが現れた。
――まるで、闇から滲み出るように。
「レ、レオンさま――。いつからそこに」
「最初からいたよ。本を読んでいた」
なんでもないことのようにサラリと言う。
「彼はよくこの部屋に昼寝に来るのです」
「いやだなぁ先生。人聞きの悪い」
言いながら、足音も立てずにテーブルに近づいて、光を宿した魔石に手を伸ばす。
「魔石は本来、魔物の体に溜まった力が結晶化したものだ」
ひとつを手に取り手のひらの上で転がす。
「あるいは長い年月を経て、地中深くで形成される。しかし――」
レオンさまの漆黒の瞳が、私を貫いた。
「君の生み出した魔石はそのどちらとも違う」
彼の瞳の闇に吸い込まれる。足が震え、立っていられない。
「これは魔石エネルギー問題に関わりますぞ」
フランツ先生の低い声が、呪文のように私を捕らえた。
「魔石の枯渇で、あなたの領地は疲弊している。その状況を覆すかもしれませんぞ」
「或いは国にまで影響する可能性がある」
レオンさまが言葉を重ねる。
「わ、私が……? 魔力なしと言われた私に、そんな価値が……」
家族に散々魔力なしと罵倒された。
家のためにならない者は、この家で暮らす価値もないと言われて、母屋を追い出された。
信じられない。
大きすぎる話に恐怖で身がすくむ。
でも――。
もしかして、私にできることがあるのかもしれない。
心の中にも小さな光が灯った。
目の前にある、私が力を与えた魔石のように。
その時、コトンと音がした。
ネイオウが光の魔石を前足でつつき、転がしたのだ。
魔石はコロコロと転がって、テーブルの上に広げられていた地図の上――エルツベルク領でピタリと止まる。
ネイオウは私を見上げ、口を開いた。
「ネイオウ」
レオンさまが地図を見つめ、静かに言う。
「あなたの領から魔石が採れなくなって、この国は喘いでいる。それを変えられるのはリディアさん、あなたなのかもしれない」
私の中で何かが大きく動き出した。
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