第9話 契約成立
【トマ視点】
「つまりだ、トマ君。君はこれから魔物を倒した時、その経験値の九割を親会員であるカイル君に渡すことになる」
向かいに座るルカという男は、実に爽やかな笑顔でそう言い放った。
一瞬、何を言われているのか分からなかった。九割?命懸けで稼いだ経験値のほとんどを持っていかれる?それはただの搾取ではないか。
「……えっと、それじゃあ俺は、いつまで経っても強くなれないんじゃ……」
「ははは、焦らないで。それはあくまで『君が一人で戦い続けた場合』の話だ」
ルカはテーブルに身を乗り出し、俺の目を見据えた。その瞳には、有無を言わさぬ妙な説得力が宿っていた。
「想像してみてほしい。君がこの『星盾の互助陣』に、新たな仲間を三人勧誘したとする。その三人が魔物を倒せば、彼らが稼いだ経験値の一部が、今度は親会員である君へと自動的に入ってくる。もしその三人がさらに三人ずつ勧誘すれば、君の下には九人の孫会員ができる。彼らの経験値も、巡り巡って君に還元されるんだ」
ルカはテーブルの上に置かれた水滴を指でなぞりながら、ピラミッドのような図形を描いていく。
「君が下部会員を増やせば増やすほど、君自身は何もしなくても、寝ているだけで莫大な経験値が流れ込んでくる。自動的なレベルアップ……いわば、経験値の不労所得だ。レベルさえ上がれば、高ランクのギルド依頼も受けられるし、レアアイテムだって簡単に手に入るようになる」
寝ているだけで、レベルが上がる。だと!?
その言葉の響きは、毎日泥水にまみれてゴブリンと死闘を繰り広げている俺にとって、あまりにも甘美な提案だった。
「でも、俺なんかに勧誘なんて……」
俺が迷いを見せた瞬間、横に座っていた幼馴染のカイルが、すかさず俺の肩を強く掴んだ。
「トマ、今しかないんだ! ルカさんは滅多に直接勧誘なんてしない。俺がお前の親友だから、特別に時間を割いてくれたんだぞ。ここでチャンスを逃したら、お前は一生、底辺冒険者のままだ!」
カイルの目は、どこか切羽詰まったように血走っていた。親友である俺を本気で心配してくれているような、熱に浮かされているような、異様な迫力があった。
「……カイル」
俺はお人好しで、昔から周囲の空気に流されやすい。
南国ファルサの厳しい実力主義の中で、俺のような中堅冒険者が上に這い上がる手段など、これ以外にあるのだろうか。Sランク冒険者たちも密かにやっているというルカの言葉が、俺の背中を強烈に後押ししていた。
「分かった。……俺、やるよ。カイルの子会員になる」
「本当か、トマ! ありがとう、一緒に這い上がろうぜ!」
カイルは満面の笑みを浮かべ、胸元につけていた鈍く光る鉄のブローチを外した。ルカが俺の前に、新しいブローチを差し出す。
「さあ、この二つのアイギスブローチを重ね合わせるんだ」
俺は震える手でブローチを受け取り、カイルのそれと重ね合わせた。
カチリ、と小さな金属音が鳴った。
その瞬間、俺の持っていたただの鉄のブローチが、ピカッと眩い光を放ち、胸元に吸い付くように固定された。体の中に、何か見えない鎖が繋がったような、不思議な感覚が走る。
「おめでとう! 今日から君は『未知なる世界の冒険者』だ!」
ルカが立ち上がり、俺の手を両手で固く握りしめた。その笑顔は、さっきまでのビジネスライクなものから一転、心からの歓迎を表しているように見えた。
パンッ! パンッ! パーンッ!!
「えっ……!?」
突然、背後から破裂音が連続して鳴り響いた。
驚いて振り返ると、酒場の奥の席に陣取っていた十数人の男女が、一斉にクラッカーを鳴らしながらこちらへ押し寄せてきたのだ。
「おめでとうーー!!」
「やったね、トマ君! 最高の決断だよ!」
「星盾の互助陣へようこそ!!」
見ず知らずの冒険者や、派手な服を着た女たちが、俺を取り囲んで割れんばかりの拍手喝采を送ってくる。
何が起きているのか全く状況が掴めず、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
「さあさあ、新たな仲間の旅立ちに乾杯だ!」
ルカの合図で、店のマスターが信じられないほど高価な酒が入ったボトルを何本も運んできた。普段俺たちが飲んでいる泥水のような安いエールとは違う、貴族が飲むような透き通った琥珀色の酒だ。
「トマ君、君の勇気ある一歩に乾杯!」
「トマなら絶対に成功するわ! だってカイル君の親友だもの!」
次々と注がれる高級酒。口に含むと、今までに味わったことのない芳醇な香りとアルコールが、一気に脳髄を駆け巡った。
全肯定。
俺の決断は正しかったのだ。こんなにも大勢の仲間が、俺を歓迎し、称賛してくれている。
ギルドで受付嬢に鼻で笑われ、高ランク冒険者に道を譲るだけの惨めな毎日。誰からも認められなかった俺の人生が、今、劇的に変わろうとしている。




