第8話 巧みな勧誘
【トマ視点】
「ん? 俺宛ての手紙か?」
足に結びつけられた小さな丸めた羊皮紙を開く。そこに書かれていた見覚えのある筆跡に、俺は思わず目を丸くした。
『久しぶり! ちょっとお茶しない?』
差出人はカイル。俺の幼馴染であり、かつて一緒にパーティを組んでいた仲間だった。
カイルとは、お互いの実力不足からパーティを解散して以来、ずっと疎遠になっていた。それが突然、エールのお誘いなんてどうしたんだろう。もしかして、また一緒にパーティを組もうという話だろうか。それとも、何か割の良い依頼でも見つけたのか。
「……久々に会ってみるか」
疲れ切っていた俺の心に、パッと明るい希望の火が灯った。
お人好しで周囲の空気に流されやすいとよく言われる俺だが、やはり昔からの友人から声をかけられるのは純粋に嬉しい。俺はワクワクした気持ちを胸に抱き、少しでも身だしなみを整えようと汚れを払いながら、指定された歓楽街の大衆酒場へと向かった。
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指定された酒場は、一攫千金を夢見る冒険者たちの熱気と、エールと焼き肉の匂いでむせ返るような騒ぎだった。
俺はキョロキョロと店内を見渡し、店の奥のテーブル席に座っている懐かしい顔を見つけた。
「おーい、カイル! 久しぶりだな!」
俺が笑顔で近づいていくと、カイルも立ち上がって手を振った。
以前よりも少しだけ身なりが良くなったカイルの胸元には、安っぽいが謎の高級感がある輝きを放つ鉄のブローチが光っている。景気が良さそうで何よりだ。
だが、テーブルに近づいた俺は、思わず足を止めてしまった。
「……えっと、カイル? そちらの人は?」
カイルの向かいの席に、見知らぬ男が同席していたのだ。
冒険者ギルドにはおよそ似つかわしくない、仕立ての良いスーツをラフに着崩した青年。警戒心を一切抱かせない、人懐っこい爽やかな笑顔を浮かべているが、全身から若き成功者のオーラが滲み出ている。
カイルは少しだけ引きつったような、だが無理にテンションを上げたような声で俺の肩を叩いた。
「トマ、来てくれてありがとう! 驚かせて悪かったな。実は今日は、俺の尊敬する先輩を連れてきたんだ」
「先輩……? ギルドか何かのか?」
俺が困惑していると、カイルはさらに声を張り上げた。
「この人、冒険に出ないのにSランク並みの魔力があって……本当にすごい人なんだぜ!」
紹介を受けたその青年――ルカと名乗った男は、立ち上がって俺に滑らかな動作で右手を差し出してきた。
「初めまして、トマ君。カイル君から君のことはよく聞いているよ。仲間思いで、とても優秀な冒険者なんだってね」
「は、はあ……どうも」
不自然な称賛の言葉ではあったが、勢いに押され俺は思わず握手に応じてしまった。
その瞬間から、酒場の喧騒から切り離されたような、奇妙で逃げられない空気がテーブルを支配し始めた。
ルカと名乗る人物は俺の向かいに座ると、まるで長年の友人のように親しげに語りかけてきた。
「毎日未踏破ダンジョンに潜って、命を張っているのにレベルが上がらない。ポーション代ばかりがかさんで、ギルドの搾取に不満を持ったことはないかい?」
「えっ……ま、まあ、それは……毎日思ってますけど」
ルカの言葉は、今の俺のリアルな不満を的確にえぐってきた。
「分かるよ。僕も昔はそうだった。君の努力が足りないんじゃない、ギルドの仕組みが悪いんだ」
相手の愚痴に対する完璧な共感。俺は、初対面のはずの彼に不思議なほどの安心感を抱き始めていた。場の空気を壊すことを恐れる性格も手伝って、俺は愛想笑いを浮かべながら、すっかり彼らのペースに引き込まれていく。
カイルが横から口を挟む。
「トマ、騙されたと思って話だけでも聞いてくれよ。俺も最初は疑ってたけど、ルカさんに出会って人生が変わったんだ」
カイルの目に、親友を売る罪悪感のようなものが一瞬だけ横切った気がしたが、すぐに親しい家族のような目の光に戻った。
「実はね、一人では倒せない魔物も、みんなの力を合わせれば倒せる……富と経験値を分かち合う、次世代の互助ネットワークがあってね」
ルカはそう言って、懐から鈍く光るブローチを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
「ここだけの話、南国のSランク冒険者たちも、みんなこっそりやってるんだよね」
絶妙なタイミングで囁かれた、強烈な社会的信用のチラつき。
幼馴染という断りにくい関係性。そして、相手の懐に潜り込む天才的な話術。
俺は気づかないうちに、蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫のように、逃げられない空気の中に完全に閉じ込められていた。
薄暗い酒場の片隅で、俺の人生を未知の世界へと引きずり込む、甘いブローチのプレゼンが静かに幕を開けた。




