第7話 凄惨な過去
ガンツが打ち出した鉄のブローチ。そこに精巧に刻まれた魔法幾何学模様を見つめていると、不意に脳裏へ過去の光景が色鮮やかにフラッシュバックした。
「……完璧な論理、か」
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かつて僕は、高度な魔法理論を誇る理法国メトリアという国で、弱冠十代にして国家魔力基盤・首席設計士を務める大天才だった。
思い出すのは、反重力魔法陣によって空中に浮遊する巨大な建造物、真理の天球大図書館。そこで恩師である老賢人ソクラの教えの下、平和で満ち足りた日々を過ごしていた。
『アレンよ。完璧な論理と数式こそが、世界で最も美しいのだよ。それは決して嘘をつかず、誰に対しても公平だ』
長い白髭を揺らし、穏やかな笑顔で語るソクラの言葉を、当時の僕は疑いもなく純粋に信じていた。合理的なシステムの下で、都市全体を覆う広域防衛魔法陣の設計や、未知の数式を解き明かす研究に没頭する毎日が、ただ楽しくて仕方なかったのだ。
僕の作った絶対防衛魔法陣がある限り、帝国の武力でも数年は持ち堪えられる。そう信じて疑わなかった。
だが、その美しい平和は、たった一夜にして醜く崩れ去った。
原因は魔法陣の欠陥でも、帝国の圧倒的な力でもなかった。
国を治める「十三人の賢人」のうち、アルキメデスたった一人の裏切りによる内部崩壊だったのだ。
紅蓮の炎に包まれるメトリアの街。崩れ落ちる大図書館。野蛮な帝国兵士たちに踏みにじられる幾何学模様の星図織物と、数千年の知識の集積。
抵抗する市民が次々と殺される中、僕は捕縛され、重い鎖に繋がれて絶望の淵から裏切り者のアルキメデスを見上げた。
『命と金が一番大事だ。お前のくだらない論理で、腹は膨れるのか?』
帝国の軍服を着たアルキメデスが、醜悪な笑みを浮かべて放ったその言葉は、僕の人生のすべてを徹底的に否定した。かつて「論理と真理こそが至高だ」と語っていた彼は、帝国から提示された莫大な領地と、一生遊んで暮らせる名誉貴族の地位という餌に目が眩み、僕の構築した防衛魔法陣を解除する暗号符牒をやすやすと売り渡したのだ。
恩師ソクラは命を落とし、僕はすべての知恵と尊厳を奪われ、名もなき鉱山奴隷として地獄へ落とされた。
「……あの絶望の中で、僕の価値観は完全に反転したんだ」
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僕は掌の中で、硬いアイギスブローチが食い込むほど強く握りしめた。
どれほど美しく完璧な論理やシステムを作っても、人間の『強欲』という欠陥感情の前には無力だった。正しさや綺麗事では、暴力と欲には絶対に勝てないのだ。
「絶対に許さない。僕からすべてを奪った帝国も、あの裏切り者も」
ドス黒い復讐心が、僕の胸の奥で静かに、だが決して消えない業火となって燃え盛っている。
論理が強欲に屈したのなら、やり方は一つだ。僕自身がその『強欲』自体をシステムの動力源にしてしまえばいい。誰にも破壊できない、人間の底なしの欲望を利用した最悪の搾取システムで、奴らを内側から喰い殺してやる。
「おい、アレン? どうしたんだ、急にそんな恐ろしい顔をして」
不意にかけられたルカの声にハッと我に返り、僕は瞬時にいつもの『爽やかな笑顔』を顔に貼り付けた。
「なんでもありませんよ、ルカ。ただ、これからの明るい未来を想像していただけです」
僕は立ち上がり、倉庫に集まった幹部たちを見渡した。
「さあ、最高の救済ビジネスの始まりです。手始めに、この南国の冒険者たちを一人残らず、僕たちの魔法陣に組み込んで差し上げましょうか」
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【トマ視点】
俺の名前はトマ。自由商業連盟国ファルサで活動する、うだつの上がらない中堅冒険者だ。
今日も薄暗い未踏破ダンジョンから命からがら逃げ帰り、冒険者ギルドの重い扉を押し開けた。
「はぁ……はぁ……っ、くそ、またゴブリンの群れに囲まれて、逃げ帰るしかなかったぜ……」
使い込まれた平凡な武具は泥と魔物の返り血で汚れ、過酷な労働と寝不足のせいで、俺の目の下にはくっきりと濃いクマが刻まれている。
この南国ファルサは、金と冒険者ランクが全ての実力主義の国だ。Sランク冒険者や豪商が権力を握り、毎晩のように歓楽街で豪遊している一方で、俺たちのような末端の冒険者は、いくら地道で泥臭く魔物を狩っても全く報われない日々を送っている。
命を張っているのに、レベルは一向に上がらない。ポーション代や武具の修繕費を引けば、手元に残る金はギルドの酒場で安いエールを数杯飲める程度だ。本当に、嫌になる。
「いつまでこんな生活が続くんだってんだ……」
酒場の隅の席にどっかりと座り込み、ため息をついたその時だった。
バサバサッ、と羽音を立てて、一羽の伝書鳩が俺のテーブルに舞い降りてきた。




