第5話 脱獄
ついに、脱獄を決行する日が訪れた。
薄暗い坑道には、嵐の前の静けさのような異様な熱気が満ちていた。
ネズミ算式に膨れ上がった下部組織から絶え間なく吸い上げた莫大な労働経験値により、最上親である僕の能力は完全に限界を突破していた。
体内に渦巻く魔力は、かつて理法国メトリアで大天才と謳われた全盛期すら遥かに凌駕している。筋肉の疲労、生活の家事が、経験値として僕の中で純粋なエネルギーへと変換され、血肉を躍動させていた。もはや人間の器に収まる次元ではない。一歩も動かずに世界を滅ぼせるほどの万能感が、僕の全身を支配している。
「……おい、お前ら! 何、手を休めている! 働けと言っているのが聞こえねえのか!」
いつも通り巡回にやってきた帝国の看守たちが、不気味なほど統率された奴隷たちの異変に気づき、苛立ちと共に鞭を振り上げようとした。彼らの目には、僕たちがただの一斉ストライキでも起こしているように見えたのだろう。薄汚い家畜が反抗期を迎えた程度の認識だ。
「無駄な疲労を強いる労働は、今日で終わりです。これ以上の非効率な搾取は、僕の『互助組織』の利益に反しますからね」
僕は坑道の中心に立ち、優雅に微笑んだ。
看守の一人が顔を真っ赤にして、僕の顔面に向かって鋭い鞭を放つ。だが、僕は一歩も動かなかった。ただ彼らへ冷たい視線を向けただけで、不可視の圧倒的な魔力障壁が展開される。
バヂィィンッ!
鞭は障壁に触れた瞬間に粉々に吹き飛び、その余波だけで重武装した看守たちが次々となぎ倒されていく。悲鳴を上げる間もなく、彼らは石の壁に激突し、血を吐いて気絶した。
「な、なんだこいつは……!?」
「化け物か……!」
後続の看守たちがパニックに陥り、剣を抜いて殺到してくる。
だが、僕が直接手を下すまでもない。
「アレン様の邪魔はさせねえ。てめえらには、俺たちが今まで味わってきた『地獄』の利子をたっぷり払ってもらうぜ!」
怒号と共に飛び出したのは、ザックら武闘派の仲間たちだった。
彼らもまた、下部組織からの経験値還元によって極限まで肉体が強化されている。ザックの丸太のような腕が振り抜かれると、分厚い鉄の鎧ごと看守たちの体が紙切れのように宙を舞った。かつての牢名主バッカスも「アレン様に忠誠を!」と狂気を孕んだ笑みを浮かべ、素手で看守の骨をへし折っていく。
「暴力はあくまで手段です。効率よく、無駄な血は流さずに排除しなさい」
僕の静かな指示に、ルカやテオも無駄のない動きで看守たちの制圧をサポートする。かつて理不尽な暴力に怯えていた奴隷たちは、今や僕のシステムという名の強固な鎖で繋がれた、完全な一つの軍隊へと変貌していた。
「さあ、行きましょうか。ここから先は、僕たちがすべてを『奪う』番です」
僕は静かに右手をかざした。
指先に圧縮された純粋な魔力が、紫色の閃光となって放たれる。
ドゴォォォォォンッ……!!!
轟音と共に、数百年もの間、何万人という人間を閉じ込めてきた監獄の分厚い岩盤と鉄格子が、僕の力によって物理的に粉砕した。
もうもうと舞い上がる土煙が晴れた先には、眩しいほどの外の光が差し込んでいた。
崩壊した監獄の外。そこには、僕たちが忘却しかけていた青い空と、荒涼とした大地が広がっている。ついに、完全なる自由を手にしたのだ。
外の空気を胸いっぱいに吸い込み、ルカやテオ、両腕を取り戻したガンツ、そして何百人もの解放された奴隷たちが、歓喜の涙を流して空を見上げている。彼らにとって、これは地獄からの解放であり、僕がもたらした奇跡そのものだった。
だが、僕にとってこれは、事業計画のほんの第一フェーズが完了したに過ぎない。
僕は崩れた瓦礫の上に立ち、解放された何百人もの奴隷たち(下部組織)を引き連れ、彼らを見下ろしながら高らかに宣言した。
「皆さん、おめでとう! 今日この瞬間、君たちは帝国の使い捨ての家畜から、誇り高き『星盾の互助陣』の初期メンバーへと生まれ変わった!」
うおおおおおっ!と、地鳴りのような歓声が上がる。彼らの瞳には、僕への狂信的なまでの忠誠と、「もっと経験値が欲しい」というさらなる欲望が渦巻いている。これこそが、僕のシステムの最高の動力源だ。
「だが、勘違いしないでほしい。僕たちは、ここからコソコソと逃げ隠れするわけじゃない。そんなスケールの小さな真似をするために、この完璧なシステムを創り上げたのではない」
僕は帝国の首都がある北の空を指差し、彼らの強欲に直接火を点けるように、息を吐くような甘い声で告げた。
「僕たちからすべてを奪った帝国を許すな。富も、権力も、経験値も……今度は僕たちが、あの傲慢な連中からすべてを搾り取る番だ。ここから活動を開始し、帝国貴族たちを狩り、帝国そのものを食い尽くすぞ!」
その宣言に、奴隷たちの熱狂は最高潮に達した。彼らはもはや被害者ではなく、帝国を喰らうための狂暴な群れへと変貌させた。
人間の「強欲」を動力源とした、人類史上最悪のピラミッド型搾取システム。その刃が今、明確に帝国へと向けられた。
頂点に立つたった一人のために全人類を養分に変える、僕の華麗なる「下剋上ビジネス」が、いよいよ本格的に幕を開けた瞬間だった。




