第42話 復興宣言
【アレン視点】
黄金の光の雨が止み、世界は熱狂の渦に包まれていた。
莫大な余剰経験値が、世界中の全会員に還元されたのだ。
彼らの間に「最高の互助会だった!」という称賛の声が響き渡っていた。搾取されていた以上の力を手に入れた彼らは、今まさにそれぞれの人生を自由に謳歌し始めている。
帝都の窓から見下ろす街並みも、これまでにないほどの活気と歓喜に満ちていた。
僕は旧帝国ガルディアの玉座の間で、仕立ての良いスーツの襟を正し、窓の外の喧騒を眺めていた。
体内を駆け巡っていた経験値の奔流。指先一つで山を吹き飛ばせたあの『神のオーラ』は、今の僕には少しも残されていない。
魔力回路は沈黙し、異常発達していた細胞も、年相応の青年のそれへと戻っている。
「……毎秒数百万の経験値が入ってこない生活も、案外悪くないですね」
僕は自分の掌を見つめ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
莫大なエネルギーを喪失した体は、不思議と軽く感じられた。今までどれほど他人の人生の重みを背負っていたのか、手放して初めて実感する。
今の僕は、ただ頭が少し回るだけの、ちょっと優秀な一般人に過ぎない。
「アレン。外の連中、お祭り騒ぎだぜ。俺たちもいよいよ、この城を出る時が来たな」
背後から、ザックが大きな声で話しかけてきた。彼もまた本来の引き締まった肉体に戻り、どこか清々しい顔をしている。
ルカ、テオ、カルメン、バッカス、ジェスター。最古参の幹部たちも、憑き物が落ちたような穏やかな表情で僕の周りに集まってきた。
「ええ。もうここに留まる理由はありません」
僕は玉座を振り返り、言い放った。
「せっかく手に入れた玉座ですが、あっさりと捨てさせてもらいましょう。権力にしがみつくなんて非効率ですからね」
「おいおい、世界一の権力者の座をそう簡単に投げ捨てちまうのかよ。相変わらず欲がねえな」
ルカが呆れたように笑う。
広間の隅で小さくなっていた旧帝国の役人たちが、慌てて進み出てきた。
「あ、アレン様……! あなた様が去れば、この帝国はどうなってしまうのです!? どうかお導きを!」
僕は彼らを見下ろし、淡々とした声で告げた。
「国は生き物です。システムという鎖がなくなった今、いずれふさわしいリーダーがおのずと現れるでしょう」
言葉を失った役人たちに背を向け、僕は幹部たちを見渡した。
「さて、皆さん。僕たちの復讐は終わり、システムも解散しました。ですが、僕は一つだけやり残しがあります」
僕は少し照れくさそうに微笑んだ。
「僕の原風景……故郷、理法国メトリア。あそこは更地のまま放置されている。僕はあそこに戻って、ゼロから都市を復興させようと思います。今度は人を搾取するためじゃない、純粋な魔法幾何学と数式で再建したいんです」
僕の告白に、幹部たちは顔を見合わせ、やがて嬉しそうに笑った。
「なんだよ。一人でロマンを追いかける気か?」
ザックが僕の肩を軽く殴る。
「俺たちの命は、とっくにお前に預けてあるんだ。瓦礫の撤去くらい役に立つだろ?」
「資金集めや交渉事なら、僕とカルメンに任せてよ」
「都市設計の計算なら僕の専門だ」
彼らは誰一人として僕を見捨てることなく、協力を申し出てくれた。
「……ありがとうございます。本当に、君たちは最高の仲間だ」
僕は深く頷いた。
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僕たちが旅立ちの準備を進めている間にも、世界では滑稽な権力闘争が始まろうとしていた。
僕がすべての権力を放り出したという情報が、各国の残党の耳に入ったのだ。
『アレン・クロウが姿を消しただと? ついに俺様の出番か!』
南国ファルサのギルドマスター、ドン・コルレ。
『今こそ、我が聖王国エルディスが空白地帯を管理すべきです!』
西国のクレメンス法王。
今まで僕に恐怖し、すり寄ってきていた旧権力者たちが、ここぞとばかりに牙を剥き、帝国の領土を奪い合おうと暗躍し始めた。僕がいなくなれば、再び民衆を支配し、甘い汁を吸えると思い込んでいたのだ。
だが、その目論見は見当外れだった。
『ふざけるな! 俺たちはもう権力者の言いなりにはならねえ!』
『アレン様が最後に与えてくださったこの力は、俺たちの自由のために使うんだ!』
究極の平等数式によって破格の力を得た民衆たちは、もはや誰かに支配される存在ではなかった。
かつては搾取されるだけの底辺だった彼ら。しかし今、彼らは自らの意思で立ち上がり、各国の旧権力者たちの支配をあっさりと跳ね除けていた。
『アレン様こそが真の救世主だ!』
皮肉なことに、システムを解体したことで、世界中にかつてない規模の『アレン信仰』が芽生え始めていた。
彼らは特定の国家に縛られることなく、「アレン様が望んだ平和で豊かな世界」を自分たちの手で創り上げようと、独自の熱狂的な連帯感を生み出している。
帝都の一角で、荷造りを終えた僕は、窓からその様子を静かに見下ろしていた。
ドン・コルレの私兵があっさりと武装解除され、法王の使者が民衆の圧倒的な民意の前に逃げ帰っていく。
「ふふっ……」
僕は思わず笑ってしまった。
権力というものは、システムで縛り付けなければいとも簡単に崩れ去る。だが、彼らが自らの強欲と力で手に入れたこの『自由』は、そう簡単には奪われないだろう。
「やはり、人間の強欲というものは、使い方次第で世界を良くも悪くもする最高のエネルギーですね」
僕が皮肉めいた視点で世界を評価していると、ルカが部屋に入ってきた。
「アレン、出発の準備ができたよ。みんな城門で待ってる」
「ええ、今行きます」
僕は最後に一度だけ帝都の空を見上げ、未練なく部屋を後にした。




