第39話 降り注ぐ黄金の光
【アレン視点】
僕は魔石演算機のコンソールから手を離し、ゆっくりと深呼吸をした。
「テオ。システムの全回線を、僕の意識に直結してください。全会員へ向けた、最後の大規模ブロードキャストを行います」
「了解した。全魔力回路、アレンの脳内とリンク……完了!」
テオの合図と共に、僕の意識が目に見えないネットワークを通じて、世界中へと爆発的に広がっていく感覚があった。
南国ファルサの未踏破ダンジョンで、息を切らしながら剣を振るっていた冒険者たち。
西国エルディスの大聖堂で、祈りを捧げていた末端の信徒たち。
北国の雪原で寄り添う領民や、旧帝国領で開拓の鍬を振るう農民たち。
その瞬間、僕の声を世界中の全会員の脳内に、澄み切った鐘の音のように直接響き渡らせた。
『――聞こえますか、星盾の互助陣の全会員の皆さん。最上親である、アレン・クロウです』
世界中で魔物を狩っている冒険者、畑を耕す農民、祈る信徒たちが一斉に手を止め、驚きと共に空を見上げた。
『長らくの間、我々の互助組織のために、素晴らしい労働と経験値を納品していただき、心から感謝します。皆さんのその類稀なる強欲と努力のおかげで、我々は帝国を討ち、魔王を滅ぼし、世界に平和をもたらすという最大のミッションを完遂することができました』
僕は玉座の間に立ち、世界中の数千万人に向けた、最後の「プレゼンテーション」を紡ぐ。
そこに、かつてのような冷徹な搾取の響きはない。ただ、一人の事業家としての、清々しい決算報告だった。
『星盾の互助陣は、本日をもって目標を達成し解散する。これは君たちが稼いだ経験値への、私からのささやかな「退職金(特別ボーナス)」だ』
僕の宣言と同時に、玉座の間に待機していた幹部たちが見守る中、僕は自身の胸元に手を伸ばした。
そこにあるのは、僕だけが身につけることを許されていた、特注の豪奢な『マスターブローチ(親機)』。すべてのシステムを統括し、莫大な経験値を受信し続けてきた悪魔の心臓部だ。
テオが構築した逆流の数式を完全に起動させるためには、魔法でスイッチを押すだけでは足りない。
僕はそのマスターブローチを鷲掴みにすると、一切の躊躇なく、自らの握力で強く握りしめた。
「さようなら、世界一醜くて、美しい搾取システム」
バキィッ!
硬質な金属音が響き、僕の手の中でマスターブローチが粉々に砕け散った。
僕がスイッチ(マスターブローチの破壊)を押した瞬間、それに連動するように、世界中の何千万という人々の胸元で光っていたアイギスブローチが一斉に眩い光を放ち、砕け散った。
チャリン……と、ただの鉄くずとなった破片が世界中の大地に落ちる。
それと同時に、システム内にプールしておいた、最上親である僕の莫大な余剰経験値が、ついに逆流を開始した。
それは、想像を絶するほど美しい光景だった。
帝都の玉座の間の天井を突き破らんばかりの黄金の光の柱が立ち昇り、それが上空で無数の流星群のように枝分かれして、世界中の空へと放たれていく。
大量の経験値が、ピラミッドの末端の末端にまで平等に降り注いでいく。
『究極の平等数式』により、光の雨は、これまで最も搾取され、最も過酷な環境で血と汗を流してきた底辺の者たちの元へ、最も大きく、温かい光となって吸収されていった。
致命傷を負っていた冒険者の傷が瞬時に癒え、老いた農民の腰の痛みが消え去り、かつてないほどのピュアな魔力と生命力が彼らの肉体を満たしていく。
搾取の連鎖は終わり、世界は今、真の意味で強大で豊かなものへと生まれ変わったのだ。
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「……終わった、な」
玉座の間で、黄金の光の奔流が完全に消え去った後。
僕はふっと息を吐き出し、そのまま糸が切れた操り人形のように、大理石の床へガクリと膝をついた。
「はぁっ……はぁっ……」
息が上がる。体が鉛のように重い。
今まで僕の肉体を満たし、一歩も動かずに空を飛び、魔王すら瞬殺できた『神のオーラ』は、今の僕には少しも残されていなかった。
膨大な魔力回路は休眠し、異常発達していたはずの細胞も、年相応の青年のそれへと完全に戻っている。
「おいおい……」
ザックが呆れたように近づいてきて、僕の頭にポンと大きな手を乗せた。
「たった一瞬で、魔力ゼロのひ弱なヒョロ野郎に戻っちまったな。これじゃあ、辺りのゴブリン一匹倒すのにも苦労するぜ?」
「あはは、本当だ。アレン、顔色が真っ白だよ」
ルカも笑いながら、僕の背中を支えて立ち上がらせてくれた。
彼らの言う通りだ。今の僕は、ただ頭が少し回るだけの、何一つ特別な力を持たない無力な人間に過ぎない。
だが、その圧倒的な「喪失感」は、不思議と心地よいものだった。
「仕方ありませんね」
僕はザックとルカに支えられながら、乱れたスーツの襟を正し、皮肉っぽく微笑み返した。
「これからは、玉座に座って寝ているわけにはいきません。自分の足で歩くしかありませんからね。……少しばかり、息切れしそうですが」
僕のその言葉に、幹部たちはたまらないといった様子で一斉に笑い声を上げた。
誰もいない覇軍帝国の玉座の間。
かつて世界を恐怖と強欲で支配した悪魔のカリスマは消え去り、そこにはただ、未来に向けて笑い合う、平凡な若者たちだけが残されていた。
大きく開け放たれた窓からは、経験値の光の雨を浴びて歓喜に沸く、新しい世界の熱狂が心地よい風と共に吹き込んできていた。




