第30話 乗っ取り計画
【アルキメデス視点】
あれから数年。帝国の名誉貴族として栄華を極めていた私の人生は、再びあの小僧の手によって地獄の底へと叩き落とされた。
圧倒的な武力を誇っていたはずの聖騎士団長ガウェインも、世界征服を目論んでいた野心高き皇帝ガルディア十三世も、ただ一歩も動かないアレンの前に完全に絶望し、ひれ伏した。
帝国は、剣も魔法も使われぬまま、ただの人間の「強欲」を動力とした『星盾の互助陣』によって、完全に「合法的に乗っ取られた」のである。
そして、かつて彼から故郷と尊厳を奪った私に対する、アレン・クロウの復讐は苛烈を極めた。
私はすべての財産と地位を没収され、胸元に冷たい鉄のブローチを強制的に刻み込まれた。彼が君臨する巨大なピラミッドの、さらに最も底辺の層――最末端の子会員へと落とされたのだ。
「ひぃっ、お許しを……! もうツルハシは持てない、腰が、腰が砕けるっ……!」
泥まみれの採掘場で、私の少し先で無様に泣き叫んでいる男がいる。かつてアレンたちを奴隷として酷使していた、ヴォルグ伯爵だ。
彼は現在、元・鉱山の牢名主であったバッカスという巨漢から、毎日のように理詰めによる精神圧迫と理不尽な達成目標を課され、完全に精神を破壊されていた。泥水をすすりながら許しを乞うその姿は、あまりにも惨めで見るに堪えない。
「……なんとも。無様だな」
私は手にしたツルハシを置き、泥にまみれた顔で冷ややかに鼻で笑った。
「あのような無能な貴族と一緒にされるのはご免だ。私はかつて、理法国メトリアで『十三人の賢人』と呼ばれた男だぞ。この程度の底なし沼で、朽ち果ててやるものか」
私は泥水にまみれながらも、その目には決して消えない暗い炎――アレンへのどす黒い嫉妬と、狂気的なまでの復讐心――を燃やし続けていた。
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深夜。与えられた薄暗い粗末な小屋の中で、私は隠し持っていた自作の極小の工具と魔石の欠片を取り出した。
胸元で鈍く光る鉄の『アイギスブローチ』。私はそれを慎重に分解し、内部に組み込まれた魔法陣の幾何学模様を、血走った目で解析し始めた。
「……なるほど。これが小僧の作り上げた、究極の搾取システムの心臓部か」
微小な魔力回路を虫眼鏡越しに覗き込み、私は思わず息を呑んだ。
そこには、かつて私たちが売り飛ばしたメトリアの『絶対防衛魔法陣』を遥かに凌駕する、圧倒的で無駄のない完璧な数式が刻み込まれていた。
人間の「強欲」を動力源とし、末端が稼いだ経験値の九十パーセントを、自動的に親会員へと送値する『マージン固定制』。
その魔力の導線はあまりにも美しく、倫理を完全に捨て去った悪魔的な合理性に満ちていた。学者としての私が、悔しいが舌を巻くほどの芸術的な構造だった。
「素晴らしい。だが……所詮は若造の数式だ。お前のその完璧な論理、再びこの私の手で上書きしてくれるわ!」
干からびかけていた私のプライドが、猛烈な勢いで再燃した。
私はかつて、メトリアの国家級防衛魔法陣の暗号符牒を解除した男だ。魔法理論の『裏道』に関しては、私の右に出る者はいない。
私は寝る間も惜しみ、寿命すらも削りながら、このアイギスブローチの構造をこっそりと書き換える作業に没頭した。
「マージン固定制のベクトルを、逆に捻じ曲げる……。末端から親へと向かう一方通行のパイプに、強制的な『バイパス回路』を割り込ませるのだ」
血で指先を滲ませながら、極小の数式を陣に刻み込んでいく。
私の狙いは一つ。
末端から最上親へ向かって流れているこの莫大な経験値のパイプを、「最上親から末端(私)」へと完全に逆流させることだ。
アレンが現在、南国、西国、北国、そしてこの帝国の数千万人の会員から吸い上げ、体内にプールしているといわれる『神に至るほどの莫大な経験値』。
その致死量を超えるエネルギーを、このハッキング数式を使って一瞬にして私のものにする。
莫大な魔力を一気に奪われたアレンの肉体は、急激な魔力枯渇に耐えきれず、塵となって消滅するだろう。
そして、末端の会員であった私自身が、この数百万人のピラミッドの頂点へとすり替わる。
「名付けて、『逆流簒奪』だ……ッ!」
最後の数式を刻み終えた瞬間、私の改造したブローチが、不吉な赤黒い光を放って脈打った。
システムを根底から乗っ取る、最悪のハッキング用ブローチの完成だ。
「フハハハッ! 待っていろ、アレン・クロウ! 最後にお前のシステムを喰い破るのは、帝国の武力でも聖女の祈りでもない! この私だ!」
暗い小屋の中に、私の狂気的な笑い声が響き渡った。
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【アレン視点】
帝国の中心、豪奢な玉座の間で、僕は冷たくも心地よい椅子の感触を背中で味わっていた。
「いやぁ、あっけなかったな。あの傲慢な皇帝が膝から崩れ落ちた時の顔、最高だったぜ!」
「ええ、本当に。これで私たちを縛るものは、もうこの世界には何一つありませんわ」
ザックやカルメン、ルカたちが美酒の入ったグラスを傾け、完全な勝利の余韻に酔いしれている。
彼らが「これで僕たちの完全勝利だ」と無邪気に安心しきっている姿を見下ろし、僕はいつもの『冷徹な笑顔』を深めた。
僕の体内には、今この瞬間も世界中から致死量に等しい莫大な経験値が絶え間なく流れ込んでいる。すべてが僕の計算通り、完璧に回っていた。
だが、部屋の隅でただ一人、美酒に手をつけず経験値の流動を監視していたテオの表情が、ふと微かに強張った。
『ピィッ……ザザッ……』
彼が持つ石板型の魔石演算機。そこに映し出された、僕を頂点とする完璧で巨大なピラミッドのグラフ図に、一瞬だけ不自然な赤いノイズが走ったのだ。
「……ん?」
テオは演算機の画面を細め、怪訝そうに首を傾げた。
「気のせいか? いや、経験値の流れに異常はないが……」
彼が一人で呟き、ただの通信ラグか何かと片付けて再びパネルをスワイプするのを、僕は玉座の上から静かに見つめていた。




