第28話 北国献上
【アレン視点】
覇軍帝国ガルディアの玉座の間。
かつて世界征服を目論んだ絶対君主が座っていたその最も高い椅子に、僕は静かに腰を下ろした。
ひんやりとした豪奢な装飾の感触が、背中越しに伝わってくる。ほんの数年前まで、僕は泥水にまみれてツルハシを振るう名もなき鉱山奴隷に過ぎなかった。それが今や、剣も魔法も使わず、ただ人間の「強欲」を利用したシステムを稼働させただけで、巨大な帝国を完全に買収し、事実上の滅亡へと追いやったのだ。
帝国の国王となった僕の体内には、今この瞬間も絶え間なく莫大な経験値が流れ込んでいる。一歩も動かずに強くなり続ける「歩く天災」としての力は、すでに人間の限界を遥かに超越していた。
「アレン! 外の残党狩りも完全に終わったぜ!」
重厚な扉が開かれ、西国を任せていた武闘派幹部のザックと、南国を任せていた勧誘統括マネージャーのルカが足音を響かせて入ってきた。
ザックは首をボキボキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべている。ルカもまた、仕立ての良いスーツをラフに着崩し、若き成功者としての余裕に満ちた爽やかな笑顔を向けてきた。
「お疲れ様です、二人とも。帝国の兵士たちは大人しくなりましたか?」
「ああ。全員が不労所得の甘い汁に釣られて、アイギスブローチを奪い合ってたよ。今頃は喜んでスライムでも狩りに行ってるだろうさ」
「本当におめでとう、アレン。これで君は名実ともに帝国の国王だね。僕たちの『最高のビジネス』が大成功を収めた瞬間だ」
ルカの言葉に、僕は小さく頷いた。復讐という当初の目的を完遂し、完全な勝利を手にしたのだ。
だが、僕たちの勝利の余韻をさらに塗り替えるような、けたたましい足音と圧倒的な魔力の気配が回廊の奥から近づいてきた。
「アレン様ぁぁぁっ!!」
バンッ!と玉座の間の扉が乱暴に開け放たれる。
そこに立っていたのは、漆黒のタイトドレスに身を包み、頬を異常なほど紅潮させた元聖女――セリアだった。彼女は西国での勧誘を大成功させた最強のトップセールスであり、僕への狂信的な信仰心を持つ特級エージェントだ。
彼女はレッドカーペットを滑るように駆け寄り、玉座に座る僕の足元にひざまずいた。
「帝国陥落と、新たなる国王のご即位、心よりお祝い申し上げます! ああ……玉座に座るアレン様のお姿、どれほど神々しく、美しいことか……!」
セリアは恍惚とした表情で僕を見上げ、熱っぽい吐息を漏らす。ザックとルカが「相変わらずすげえ執念だな……」と呆れたように顔を見合わせた。
「わざわざ遠方からご苦労様です、セリア。君のお祝いの言葉、嬉しく思いますよ」
「言葉だけではございませんわ、アレン様! 本日は、新国王陛下へのささやかな『お土産』をお持ちいたしましたの!」
セリアは胸元から分厚い羊皮紙の束を取り出し、うやうやしく僕の膝の上に置いた。
「西国の法王庁、並びに全市民の経験値権限の完全譲渡証明、および新規獲得リストですわ。西国は今や、名実ともにアレン様の完全なしもべとなりました!」
それは、一国家の命運をすべて僕に捧げるという、常軌を逸した莫大な規模の持参金だった。純粋な善意から始まったはずの彼女の行動力は、システムの快楽と僕への歪んだ愛によって、ここまで先鋭化してしまったのだ。
「素晴らしい成果です。君の愛(経験値)は、確かに受け取りましたよ」
「ああ……っ! 勿体なきお言葉……!」
僕が完璧な営業スマイルで褒め称えると、セリアはブルブルと身を震わせて歓喜した。しかし、彼女の報告はそれだけでは終わらなかった。セリアはさらに胸を張り、最高にキレのある笑顔で誇らしげに語り始めた。
「それに、西国からの持参金だけでは、私のアレン様への愛の証明として足りないと思いましたの。ですから先日、帝国の混乱に乗じて、極寒の『北国』へも単身で布教活動に行ってまいりましたわ!」
「……北国へ? 単身でですか?」
ルカが信じられないというように目を見張る。
「ええ! 厳しい寒さと貧困に凍えていた北国の人々に、寝ているだけで魔力が湧き出るアイギスブローチをお見せしましたの。そうしたら、国王陛下から末端の領民に至るまで、『これぞ神の奇跡だ!』と涙を流して、アレン様の愛を受け入れてくださいましたわ!」
悪魔的システムに脳を焼かれたトップセールスの手腕は、もはや恐怖すら覚えるレベルだった。彼女は単身で未開の地へ赴き、言葉巧みに不労所得の夢を語り、たった数日で一国家を丸ごと僕のピラミッドの下部組織に組み込んでしまったのだ。
「北国全土の経験値も、今この瞬間からすべてアレン様へ向けて流れるように段取りしてございます! これで、より多くの方々がアレン様と心を通わせることができますわ!」
セリアの瞳には、一切の迷いがない。本気で「世界を救っている」と信じているからこそ、誰にも真似できない圧倒的な成約率を叩き出せるのだ。
南国、西国、帝国、そして北国。
文字通り、世界中の数千万人の人間が、僕の下部会員として組み込まれた。彼らが魔物を狩り、畑を耕し、日々の労働で汗を流すたびに、一歩も動かない僕の元へ毎秒数億の経験値が流れ込み続ける。
僕の身体は神に至るほどの莫大な魔力で満たされ、もはやこの世界に僕を脅かす存在など何一つ残されていなかった。
「ふふっ……ははははっ」
僕は玉座の上で深く足を組み、自然と込み上げてくる笑い声を響かせた。
傍らで控えるルカとザック、そして足元で狂信的な愛を向ける元聖女を見下ろしながら、僕は氷のように冷たく、この上なく満ち足りた笑みを浮かべる。
「よくやってくれました、セリア。君たちのおかげで、僕の『搾取ビジネス』は完璧な形で世界を網羅しました」
かつて、僕の完璧な論理は人間の強欲に敗北した。
だが今、僕はその「強欲」をシステムの動力源として完全に支配し、帝国を滅ぼし、世界の頂点に立った。
誰もいない玉座の間に、圧倒的な勝利の余韻と、ピュアな魔力の脈動だけが心地よく響き渡っていた。




