第27話 玉座の間
【アレン視点】
数万の帝国軍と禁忌の古代兵器を、一切の物理的暴力を用いることなく完全買収した僕たちは、難なく帝都への侵入を果たした。
世界で最も栄華を極めた覇軍帝国ガルディアの心臓部。重厚な黒鋼の扉を押し開けて玉座の間へと足を踏み入れると、そこには圧倒的な静寂と、冷え切った敗北の匂いが満ちていた。
玉座にただ一人腰掛けていたのは、皇帝ガルディア13世である。
大陸地図を広げて次なる侵略地を策定することを趣味とし、世界征服を目論んでいた野心に満ちた絶対君主の瞳には、もはや微塵の光も残っていない。
彼が絶望しているのは、戦争に敗れたからではない。自慢の軍隊も兵器もすべて僕のネットワークに買収・吸収されてしまったからだ。誰一人として血を流さず、ただ末端の兵士たちが「不労所得」を選んだ結果、帝国という巨大なシステムそのものが内側から瓦解したのだ。
誰もいなくなった玉座でたった一人、自らの国を「無血で乗っ取られる」という完全なる絶望を味わい、皇帝は抜け殻のように生気を失っていた。
「さて。最高権力者の引き継ぎは終わりました。次は、手足の処理ですね」
僕が合図をすると、広間の床に縄で縛られた者たちが引きずり出されてきた。かつて僕たちを虫ケラのように見下し、鉱山奴隷として酷使した傲慢な帝国貴族たちだ。その中には、ひときわプライドの高かったヴォルグ伯爵の姿もある。
彼らはすでに、帝国の威信が紙切れ以下の価値になったことを理解していた。自分たちが今まで奴隷たちに行ってきた非道を思えば、どれほどの残虐な拷問が待っているかと震え上がっているのだろう。
処刑されると確信したヴォルグ伯爵が、血走った目で僕を睨みつけ、恐怖と無駄な矜持から声を張り上げた。
「ええい、殺せ! 誇り高き帝国貴族たるこの私を、さっさと殺すがいい!」
その叫び声が玉座の間に虚しく響き渡る。
僕は彼を見下ろし、一切の感情を交えることなく、氷のように冷たく笑った。
「殺す? 何か勘違いしていませんか。君たちの命など何の価値もない。だが、その『無駄に高いプライド』はいい経験値を生みそうだ」
死という安易な逃げ道など、与えるはずがない。僕は彼らの胸元に、強制的にアイギスブローチを刻み込んだ。
彼ら帝国貴族に与えられたポジションは、かつての奴隷たちのさらに下、最末端の子会員という絶対的な底辺階層だ。今まで搾取してきた者たちの足元にひれ伏し、永遠に養分として経験値を吸い上げられ続ける恐怖を味わう。それが、僕の用意した究極の意趣返しだった。
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【ヴォルグ伯爵視点】
「ひぃっ、はぁっ……っ!」
泥水に足をとられながら、私は無様にぬかるんだ農道を這いずり回っていた。
かつては豪奢な宮廷のバルコニーで極上のワインを傾けていたこの私が、今はボロボロの衣服を着せられ、泥水にまみれた姿に成り果てている。
「お、お願いだ……。このブローチを、どうか受け取ってくれ……っ!」
私は、かつて家畜同然に見下していた農民たちに頭を下げ、泥に額を擦りつけながらブローチを配り歩かされていた。
屈辱で頭がおかしくなりそうだった。だが、勧誘を成功させ、自らも魔物を狩らなければ、私が稼いだわずかな経験値すらもすべて上の階層に吸い上げられ、生きていくことすらできなくなる。かつての栄華を夢見ることしかできないこの身にとって、これほどの地獄はない。
そして、何よりも恐ろしい『月末』がやってきた。
粗末な小屋の中に設けられた、臨時のノルマ報告所。そこにふんぞり返っていたのは、かつて鉱山の牢名主であり、我々がゴミのように扱っていた奴隷上がりの巨漢――バッカスだった。
彼は威圧感を際立たせるような不自然なほどピシッとしたダークスーツを着込み、私の月間経験値納品グラフを忌々しそうに眺めながら、高級な酒をグラスで揺らしている。
「……おい、ヴォルグ。貴様、先月スライム30匹ってどういうこと? やる気ある?」
底冷えするような低い声が、私の心臓を鷲掴みにする。
私はガタガタと震えながら、必死に言い訳を口にした。
「ち、違うのだ! 農民どもが言うことを聞かず、腰も痛くて……!」
「言い訳は聞いてねえよ」
バッカスはグラスをドンと机に置き、私の顔面すれすれまでその凶悪な面構えを近づけてきた。
「いいか? 俺が奴隷の時は、一日中泥水すすってツルハシ振ってたんだけど。てめえら貴族様が、上から鞭打って俺たちを働かせてたんだろうが?」
逃げ場のない、完璧な理詰めによる力業の説教。
かつて私たちが彼らに与えていた理不尽な暴言が、絶対的なヒエラルキーの逆転によって、そっくりそのまま私自身の首を絞め上げていく。
組織の秩序を重んじる彼は、このルール違反者への『教育』の時間を心底楽しんでいるようだった。
「死にたくなきゃ、這いつくばってでも経験値を納品しろ。アレン様が評価してくださったてめえの無駄に高いプライドなんざ、俺の前じゃ何の価値もねえんだよ」
私はただ震え、涙と鼻水を垂らしながら「はい……はい……っ」と頷くことしかできなかった。
私がかつて見せた傲慢さ。それが巡り巡って、月末が来るたびに私を理詰めで追い詰める、永遠に終わらない悲哀の底なし沼へと引きずり込んでいたのだった。




