第25話 優雅なティータイム
【ガウェイン視点】(帝都の聖騎士団長)
覇軍帝国ガルディアの中心、帝都にそびえる玉座の間。
私は、魔族領と接する危険な前線から精鋭部隊の一部を引き上げ、帝都の防備をかつてないほどに固めていた。
南国と西国を無血で飲み込んだ得体の知れない互助組織、『星盾の互助陣』。その首謀者であるアレン・クロウ一団が、ついに帝都へ向けて進軍を開始したという緊急の報告が入ったからだ。
だが、密偵からもたらされた続報に、私は思わず耳を疑った。
「……たったの五人、だと?」
「はっ。大規模な軍隊の影は一切なく、アレンを含む数名が徒歩でこちらへ向かっているとのことです」
報告を聞き、玉座に座る皇帝ガルディア13世は、深く眉間を寄せた。
「ガウェインよ。敵は西国を無血で陥落させた輩だ。情報が少なすぎる。たった五人でこの帝都へ向かってくるなど、何か恐ろしい罠があるのではないか?」
世界征服を目論む野心家の陛下でさえ、未知の手段で二カ国を落とした賊を危惧されている。
だが、軍事を預かる最高責任者としては、この状況は失笑を禁じ得なかった。
「陛下、ご案じになるには及びません」
私は胸を張り、恭しく頭を下げた。隣に立つヴォルグ伯爵も、鼻で笑いながら同意する。
「左様ですな。たかが五人の奴隷上がりに怯えるなど、我が帝国の威信に関わりますぞ。南国の愚民や西国の狂信者どもを言葉巧みに騙しただけの、ただの小賢しい詐欺師に過ぎないのでしょう」
ヴォルグの言う通りだ。魔法陣だのなんだの、手品のような小細工が、絶対的な暴力が支配する戦場で通用するものか。
私は力強く、誇りを持って宣言した。
「前線から引き上げた我が『最強の聖騎士団』に加え、城壁には『禁忌の古代兵器砲』を配備しております。せっかくですので、小賢しいネズミどもに帝国の圧倒的な『武力』という現実を見せつけ、恐怖に顔を歪ませたところを容赦なくすり潰してご覧に入れましょう」
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【アレン視点】
帝都へ続く荒涼とした街道を、僕たちはゆっくりと歩いていた。
視線の先には、高くそびえる黒鋼の城壁と、威圧的な砲塔の数々が見える。かつて僕から知恵と尊厳のすべてを奪い、虫ケラのように扱った覇軍帝国ガルディアの心臓部だ。
「アレン、見ろよ。城壁の上にズラリと並んでるアレ、帝国の『禁忌の古代兵器砲』ってやつじゃないか?」
僕の隣を歩くザックが、獰猛な笑みを浮かべて首を鳴らした。
「ええ。それに、城門の前に展開しているのは重武装の聖騎士団ですね。わざわざ魔族戦の前線から呼び戻してまで僕たちを歓迎してくれるとは、光栄なことです」
僕は歩みを止めず、ただ心地よい風を浴びるように両手を広げた。
僕の体の中には今この瞬間も、南国と西国にいる数百万人の下部会員たちから、絶え間なく莫大な『経験値』が流れ込み続けている。彼らが汗を流し、魔物を狩り、祈り、家事をするたびに、その九割がピュアな魔力となって僕の細胞を焼き切るほどの熱で満たしていく。
動かなくとも、息をするだけで僕は強くなり続けている。まさに、全人類の強欲を動力源とした『歩く天災』だ。
「さて、少し休憩にしましょうか。君たちはそこでくつろいでいてください」
僕が振り返ると、少し後方でカルメン、テオ、ガンツたちが、この戦場に全くそぐわない優雅なピクニックの準備を始めていた。
「あら、アレン。突撃前に景気づけのお茶が入るわよ? 各国の最高級の茶葉をブレンドしたんだから、少しは味わいなさいな」
カルメンが美しいドレスの裾を気にすることなく、レースの敷物の上でティーカップを傾けている。その横では、テオが神経質そうに魔石演算機を叩きながら、冷徹な声で告げた。
「帝国の軍事予算とあの古代兵器の稼働コスト……計算してみたよ。彼らが必死に稼働させ、撃ち込めば撃ち込むほど、その莫大なエネルギーはアレンの展開する絶対的な魔力障壁の前に意味を為さず、ただ虚空へ消滅していく。彼らの血税と努力は、天に向かって唾を吐くような無駄撃ちだね」
「へっ、バカな連中だ。俺たちが世界中の数百万の会員から吸い上げている『経験値の総量』に、あの程度の兵器の火力が勝てるわけがねえんだよ」
ガンツが手作りのクッキーを齧りながら大声で笑う。
僕の幹部たちは誰一人として、目の前に広がる数万の帝国軍を脅威だと認識していなかった。この戦場は、我らにとって優雅なお茶会の背景でしかないのだ。
『撃てぇぇぇっ!!』
城壁の上から、号令が響き渡った。
鼓膜を破るような轟音と共に、禁忌の古代兵器砲から放たれた極太の魔力光線が、僕たちを目掛けて降り注ぐ。それに合わせて、聖騎士団の魔術部隊が一斉に攻撃魔法を展開した。
空が閃光に包まれ、大地が揺れる。
僕はカルメンからティーカップを受け取ろうと差し出した手を、そのまま軽く上へと向けた。
指一本動かす必要すらない。数百万人の経験値から成る圧倒的な魔力が、不可視の巨大な障壁となって上空に展開される。
ズガァァァァァンッ!!!
空間そのものを歪ませるような古代兵器の光線も、数万の攻撃魔法も、僕の展開した障壁に触れた瞬間、文字通り『無に帰した』。圧倒的な質量と熱量は、波紋一つ起こすことなく強制的に相殺され、チリひとつ残さず消滅してしまったのだ。
「……は?」
土煙が晴れた後、服の埃すら払うことなく、無傷で優雅に紅茶の香りを楽しむ僕たちの姿を見て、城壁の上の兵士たちが絶望的な声を漏らす。
「さて……食後の運動には少し物足りませんが」
僕はカップをテーブルに置き、限界を突破した圧倒的な身体能力で大地を蹴った。
次の瞬間、僕は数万の軍勢のど真ん中、聖騎士団の最前線へと音もなく舞い降りていた。
「なっ……!? いつの間に!」
驚愕に目を見開く兵士たちに向け、僕はひどく甘く冷たい笑顔を向けた。
「ご機嫌よう、帝国の皆さん。本日は、低賃金で使い捨てにされている君たちの人生を劇的に変える、素晴らしい提案を持参しました」




