第24話 帝国侵攻の決断
【アレン視点】
西国の裏通りに設けた隠れ家の会議室。
大規模セミナーを大成功に収めたセリアが、熱気も冷めやらぬ様子で僕の元へ報告に訪れていた。
「アレン様! 本日のセミナーだけで、新たに三万人もの迷える子羊たちが我々の『星盾の互助陣』に加わりました! これもすべて、アレン様の素晴らしいシステムのおかげですわ!」
黒いタイトドレス姿のセリアは、頬を紅潮させ、僕を見つめるその瞳には狂信的なまでの忠誠と、ねっとりとした情愛が入り混じっていた。
「素晴らしい成果です、セリア。あなたのその献身的な『愛』のおかげで、組織はかつてないほどの力を得ています」
僕が完璧な営業スマイルで彼女を労うと、セリアは「ああ……アレン様……」とうっとりと目を閉じ、両手を胸の前で組んで悦に浸った。
そこへ、会議室のドアが開いた。
「あら、随分と景気のいい報告が聞こえてくるわね」
入ってきたのは、同じく女性勧誘担当であり、南国で驚異の成約率を叩き出していたカルメンだった。洗練された華やかなドレスに身を包んだ彼女は、優雅な足取りで僕のそばに歩み寄る。
「アレン。南国の方も順調よ。ギルドマスターのドン・コルレが、さらに別の大規模ギルドを傘下に収めたわ。これで南国の冒険者のほぼ九割が、あなたの養分ね」
カルメンは僕の肩に気安く手を置き、悪戯っぽく微笑みかけた。元・没落貴族の愛妾である彼女は、僕との距離の詰め方も、この現実的で冷徹なビジネスモデルへの理解も深い。
「ご苦労様です、カルメン。あなたたちの働きには本当に——」
僕がカルメンに言葉を返そうとした、その瞬間だった。
会議室の空気が、急激に凍りついた。
ギギギ、と軋むような音を立てて、セリアの首がカルメンの方へと向いた。
先ほどまでのうっとりとした表情は完全に消え失せ、瞳孔が不自然なほど限界まで開いている。その焦点の合っていない双眸が、カルメンが僕の肩に置いている手へと向けられていた。
「……泥棒猫……」
セリアの唇から、地を這うような低い声が漏れた。
直後、会議室全体が重力異常を起こしたかのように軋んだ。セリアの体から、本物の聖女としての特級クラスの魔力が、どす黒いオーラとなって爆発的に噴出したのだ。
「なっ……!?」
百戦錬磨のカルメンでさえ、その圧倒的で狂気的なプレッシャーに息を呑み、思わず僕の肩から手を離して後ずさった。
セリアは無言のまま、ただ圧倒的な威圧感だけでカルメンを睨みつけている。その姿は、かつて慈愛に満ちていた聖女ではなく、自分の所有物を脅かす存在を絶対に許さない、嫉妬に狂った怪物そのものだった。
「あらら……こりゃあ、すげえ殺気だ。俺でもチビりそうだぜ」
壁際で控えていたザックが、額に冷や汗を浮かべながら口笛を吹いた。
アレンへの歪んだ愛情――ヤンデレ化とでも言うべきか――と、組織内での「トップセールス」という地位への異常な執着。セリアの感情は、僕のシステムを通じて完全に暴走し、先鋭化していた。
「まあまあ、二人ともその辺にしてください」
僕は一歩も動かず、ただ言葉だけでその異常な空間を制した。
「僕のシステムにおいて、有能な人材が切磋琢磨するのは良いことですが、無駄な争いは経験値の質を下げますよ。どちらがより僕に多くの経験値をもたらしてくれるか、結果で示してください」
女性陣の争いを止めるどころか、それをさらなる勧誘のエネルギーへと変換させる。僕はそれを冷徹に楽しんでいた。
「……申し訳ありません、アレン様。つい、はしたない真似を」
セリアは一瞬で魔力を引っ込め、再び完璧でキレのある笑顔を取り戻した。カルメンも「ふふっ、お手柔らかにお願いするわ、聖女様」と余裕を取り繕いながら扇で口元を隠す。
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「さて。これで西国の宗教トップも完全に我々のシステムに組み込まれました」
僕は幹部たちを見回し、声のトーンを一段階落とした。
「西国は実質的に、僕たちの支配下……合法的な乗っ取りが完了したと言っていいでしょう。これより、我々は最終フェーズへ移行します」
僕は魔石演算機を操作し、空間に大陸の立体地図を投影した。
「西国の治安維持と、未だ契約していない残りの数割の市民からの搾取を完璧なものにするため……ザック、君を西国の統括責任者に任命します」
「俺が、か?」
ザックは驚いたように自身の太い腕を見た。
「ええ。暴力と恐怖のコントロールは、法治国家の残党を抑え込むのに最も適しています。この国を、徹底的にしゃぶり尽くしてしまいなさい」
「……へっ、任せとけ。堅物の騎士どもに、俺の理詰めのお説教をたっぷり聞かせてやるよ」
ザックが獰猛な笑みを浮かべて深く頷いた。
南国ファルサと、聖王国エルディス。
この二つの国家の数百万人の市民が、今この瞬間も僕のために働き、祈り、魔物を狩っている。その全経験値の九割が、途切れることなく僕の体内へと流れ込み続けている。
僕の肉体は、すでに人間の限界を遥かに超越していた。
一歩も動かずとも、指先一つで山を吹き飛ばし、視線だけで帝国の軍勢を無力化できる。
僕を頂点とした、数百万人の労働と強欲を動力源とする「歩く天災」。それが今の僕だ。
「さあ、テオ、ガンツ、バッカス、ジェスター、カルメン。準備はいいですか?」
僕は投影された大陸地図の中心、巨大な覇軍帝国ガルディアの帝都を指差した。
「いよいよ、メインディッシュをたいらげますよ。僕たちを家畜のように扱い、泥水をすすらせたあの傲慢な帝国貴族どもへ……完全なる蹂躙と、絶望の惨劇をお届けに上がりましょう」
かつてすべてを奪われた一人の奴隷が、全人類の「強欲」を味方につけ、いよいよ帝国へと牙を剥く。
僕の冷酷な宣言に、幹部たちの熱狂的な歓声が、西国の隠れ家に高く響き渡った。




