第23話 巨大セミナー
【セリア視点】
西国の大聖堂、その奥室。ステンドグラスから差し込む光は以前と変わらず優しかったが、私の内側は全く別の色に染まりきっていた。
最初は本当に、純粋な善意からだった。「より多くの人を救うため」というアレン様の言葉を胸に、私はアイギスブローチの力を借りて、怪我や病気に苦しむ信徒たちの治癒を始めた。
しかし、事態は私の想像を遥かに超える速度で加速した。
狂信的なまでに私に心酔する神官長マテウスが、西国の信徒たちを片っ端から私の『下部会員』として勧誘し始めたのだ。
「セリア様の愛を受け取るのです!」という彼の熱弁により、私のピラミッドの下には数千、数万という信徒があっという間に組み込まれていった。
その瞬間だった。
「……っ、あ、ああ……!」
かつて経験したことのない、桁違いの膨大な経験値が、見えないパイプを通じて私の体内へ雪崩れ込んできて、魔力が増大した。
それは、信徒たちが魔物を狩り、労働をして得た経験値の結晶。
細胞の隅々にまで純度の高い経験値から得た魔力が満ちていく。圧倒的な全能感と快楽に、脳内麻薬がドクドクと分泌され、私の脳髄を焼き切るように真っ白に染め上げた。
「……素晴らしいわ。これなら、地道に祈るよりも数万倍の速さでケガ人を治せる……!」
今までの、自分の身を削り、一人一人に祈りを捧げていた治癒が、ひどく非効率で馬鹿馬鹿しいものに思えてきた。このシステムさえあれば、私は一瞬で数万人に奇跡を施せる。自分の魔力枯渇に怯える必要もない。この圧倒的な魔力と合理性こそが、真の救済なのだ。
私は、今まで身にまとっていた清純な純白の法衣を、ためらいなく脱ぎ捨てた。
代わりに袖を通したのは、体のラインを妖艶に引き立てる、漆黒のタイトドレス。
姿見の前に立ち、私は自分の顔を見つめた。そこには、かつての迷いも苦悩も一切ない。
私は鏡に向かって、誰よりも完璧で、キレキレの笑顔を作った。
「さあ、迷える可哀想な子羊たちを、アレン様が作り上げた至高の互助システムで救ってあげましょうぞ」
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西国の首都、中央広場に特設された巨大なセミナー会場。
何万人もの市民と冒険者たちが、私の登場を今か今かと待ちわび、熱狂的な歓声を上げている。
ジェスター様が手掛けた完璧な照明がステージを照らし出し、神聖さと高揚感を煽るBGMが鳴り響く中、私は黒いタイトドレスの裾を揺らして壇上へと歩み出た。
その瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。
「皆様、神の恵みを受け取る準備はできていますか!?」
私がマイク越しに美しく澄んだ声で問いかけると、数万人の聴衆が「おおおおおおっ!!」と地鳴りのような咆哮で応える。
「神の恵み。それは、苦しい労働や非効率な祈りの先にあるものではありません。アレン様がもたらしたこの『星盾の互助陣』による、圧倒的な『御恵み』のことなのです!」
私はステージを優雅に歩き回りながら、彼らの内なる生命力を刺激していく。
「一人で悩む必要はありません。皆様が誰かを救い、このブローチを重ね合わせるだけで、救済の輪は広がり、皆様自身のレベルも自動的に上がっていくのです!」
信徒たちは涙を流し、私の言葉を一言一句逃さまいと熱狂している。
私は両手を天に掲げ、最高にキレのある笑顔で叫んだ。
「さあ、皆様の愛という名の『経験値』を、アレン様に捧げましょう! それが、この世界を救う唯一の道なのです!」
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【アレン視点】
「……いやはや、素晴らしい。本当に見事なステージパフォーマンスです」
僕は会場を見下ろすVIP専用のバルコニーから、特等席でその光景を眺め、心からの賞賛と共にワイングラスを傾けていた。
眼下では、漆黒のタイトドレスに身を包んだセリアが、数万人の西国市民を熱狂の渦に巻き込んでいる。
彼女の言葉には、かつての「祈り」はとうに消え失せ、代わりに「皆様の愛(経験値)をアレン様に捧げましょう」という狂信的なニュアンスが色濃く混じっていた。
『善意』というものは、一度方向性を歪めてしまえば、個人の欲よりも遥かに厄介で強力な推進力となる。
「人々を救いたい」という彼女の純粋な思いは、僕の構築したシステムの合理性と、そこから流れ込む圧倒的な魔力の快感によって完全に上書きされたのだ。
一番ピュアだった存在が、今や組織内で誰よりも高い成約率を叩き出す「最強のトップセールス」に変貌している。
「アレン。あの元聖女様、完全に仕上がってるな。あの熱狂ぶり、南国の連中以上だぜ」
背後に控えていた武闘派幹部のザックが、呆れたような、しかし感心したような声で言った。
「ええ。彼女はもう、後戻りできないところまで僕のシステムに依存しています。法と信仰の国は、最も美しい形で僕たちの養分となりました」
僕はグラスに残った赤ワインを飲み干し、口角を深く吊り上げた。
西国の宗教トップが自ら進んでネズミ講の広告塔となり、市民を洗脳していく。もはやこの国に、僕たちを裁ける法律も、止めることのできる正義も存在しない。
毎秒数百万という途方もない経験値が、西国と南国の二つの国家から、僕の体内へと絶え間なく流れ込み続けている。
もはや僕は、一歩も動くことなく世界を蹂躙できるほどの『歩く天災』となった。
「さて、十分すぎるほどの力と手駒は揃いました」
僕は、遥か北方の空――かつて僕からすべてを奪い、虫ケラのように扱った帝国のある方角を冷たく見据えた。
「次は、いよいよ本丸です。僕たちに泥水をすすらせたあの愚かな貴族どもに、絶望という名の地獄をたっぷりと味わわせてやりましょうか」




