第21話 背負っている業
【セリア視点】
冷たい石造りの控室。私は床にへたり込み、両手で顔を覆ったまま、ただただ嗚咽を漏らしていた。
窓の外からは、アレン・クロウの無罪判決を喜び、熱狂する市民たちの歓声が地鳴りのように響いてくる。
『聖女様! 綺麗事では明日のパンは買えないんだよ!』
法廷で浴びせられた市民の叫びが、呪いのように私の耳にこびりついて離れない。
私は、間違っていたのだろうか。
物心ついた頃から、神の教えに従い、厳しい修行に耐え、無償の愛で人々を癒やすことだけを信じてきた。自分の魔力を削り、傷ついた人々を治癒することが、私に与えられた聖女としての使命だと疑わなかった。
それなのに。私が救おうとした人々は、私に石を投げ、あの悪党を救世主として崇めている。
「……私のやってきたことは、何だったの……?」
震える手で、純白の法衣を握りしめた。
アレン・クロウ。
彼の展開する『星盾の互助陣』は、人々の強欲を煽り、気付かぬうちに経験値を搾取する悪魔のシステムだ。法廷で彼を断罪し、目を覚まさせようとした。
しかし、彼が放った言葉は、残酷なまでに論理的で、現実を射抜いていた。
『僕のシステムは現に彼らを豊かにし、希望を与えている。綺麗事では人は救えないのですよ』
事実、この国の人々は、地道な祈りよりも、あの忌まわしい鉄のブローチを選んだ。不労所得という甘い毒に溺れながらも、彼らの顔にはかつてないほどの生気が満ちていた。
私が人生を懸けて説いてきた「正しさ」や「清貧」は、明日のパンを買うための金にも、魔物を倒すための力にもならなかったのだ。
それに……。
法廷で私の『聖女の眼(魔力視)』が捉えてしまった、あの恐ろしい光景がフラッシュバックする。
アレン・クロウの背後に渦巻いていた、巨大でどす黒い闇の塊。
数百万人の労働、疲労、筋肉痛、そして死の恐怖。彼が末端会員たちから吸い上げた莫大な経験値の裏側には、それと同等の、致死量を超える【マイナスの経験値】が存在していた。
彼は、そのすべてをたった一人で背負い込んでいたのだ。
「あんな……あんな致死量の苦痛を、涼しい顔で……」
悪党であるはずの彼の言い分が、なぜか論理的で、気高く、恐ろしいほどに格好よく思えてきてしまった。
私のように、一日一人を治癒して疲労困憊になるような小さな自己犠牲ではない。数百万人の苦痛を一身に引き受け、それでもなお完璧な笑顔を崩さない。あれこそが、本物の殉教者なのではないか。彼こそが、神が遣わした真の救済者なのではないか。
絶対的だった私の中の「正義」が、音を立てて崩れ去っていく。
頭の中が真っ白になり、これまで信じてきた教典の言葉が、ひび割れたガラスのように粉々に砕け散っていった。
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「ガチャリ」と、重い木製のドアが開く音がした。
私はハッとして顔を上げた。
そこに立っていたのは、仕立ての良いスーツを隙なく着こなした、アレン・クロウその人だった。
彼は控室の惨状――床に泣き崩れる私――を見下ろし、いつものように警戒心を抱かせない、しかし底知れぬ深淵を感じさせる爽やかな笑顔を浮かべた。
「どうです? 市民は私を選んだ。手を取り合う気になってくれましたか?」
その声は、どこまでも甘く、冷酷だった。
私を嘲笑っているのだろうか。それとも、本気で私を懐柔しようとしているのだろうか。
彼を見上げていると、私の中に渦巻いていた絶望と自己否定が、ドロドロとした奇妙な熱を帯びていくのを感じた。
「ふっ……ふっふっふっ……」
気づけば、私の口から不気味な笑い声が漏れていた。自分でも止められない。涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、私は笑っていた。
「おっと、延長戦ですか?」
アレンが僅かに目を細め、警戒するように一歩下がる。
私はよろよろと立ち上がると、彼の足元へと崩れ落ちるようにひざまずいた。純白の法衣の裾が、控室の汚れた床にこすれることなど、もはやどうでもよかった。
「手を取り合うですって? ご冗談を!」
私は彼を見上げ、かつての清廉な聖女の面影など微塵もない、狂気を孕んだ笑顔を向けた。
「どうか私めを、あなた様のしもべとしてお仕えさせてください!」
私の極端な降伏に、アレンは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにその悪魔的な頭脳で状況を理解したようだった。私の崩壊したメンタルと、この「極端な善意」を利用価値があると判断したようだった。




