第20話 法廷対決
【アレン視点】
西国におけるネットワークの爆発的拡大は、ついに国家権力の逆鱗に触れた。
僕たちが西国の裏通りに構えた隠れ家で、僕が優雅にワイングラスを傾けていた時のことだ。扉が乱暴に蹴破られ、重厚な鎧を纏った西国騎士団と、隙のない法衣を着た男が現れた。
「アレン・クロウだな。西国首席検事であり異端審問官の、バルドだ」
神経質そうな三白眼が、僕を鋭く射抜く。
「貴様の展開している『星盾の互助陣』は、市民から経験値を不当に搾取する違法商法だ。ただちに同行を願おう」
ザックが殺気を放って立ち上がるが、僕はグラスを置いて彼を手で制した。
「法治国家のルールで戦えるというなら、大歓迎ですよ。行きましょうか」
僕に抵抗する気がないと知ると、バルドは冷笑を浮かべた。武力で制圧されると思っていたのだろう。だが、僕は野蛮な真似はしない。法という彼らのフィールドで、もっと美しく、合法的に彼らの権威をへし折るつもりだった。
【セリア視点】
西国最高裁判所。
その荘厳な建物の外は、異様な熱気と怒号に包まれていた。
「アレン様を解放しろ!」
「俺たちの互助組織を邪魔するな!」
窓から外を見下ろした私は、言葉を失った。裁判所の周囲を埋め尽くしているのは、数万人にも及ぶ市民たち――アレンの魔法陣に組み込まれた下部会員たちだった。
「どうして……」
私は彼らを搾取から救おうとしているのに。彼ら自身が私を悪者として糾弾し、自分たちを騙している男を救世主として崇めている。
『聖女様! 綺麗事では明日のパンは買えないんだよ!』
窓越しに聞こえた市民の叫びが、私の胸に重く突き刺さる。これが、綺麗事では生きていけない現実……。
大公判廷は、立錐の余地もないほど傍聴人で埋め尽くされていた。この裁判自体が、市民にとって最大の関心事となっているのだ。
検察側のバルド様と共に証言台に立った私は、被告人席で余裕の笑みを浮かべるアレン・クロウを真っ向から見据え、告発した。
「あなたは人々を騙し、経験値を奪い、不幸にしている!」
「異議あり」
アレンは涼しい顔で反論する。
「私は奪っていない。『預かっている』だけだ。これは万が一の怪我や引退の際に、組織全体でカバーし合う【経験値共済】である。現に、彼らは私のシステムでかつてないほどの豊かさを得ている」
言葉巧みな詭弁。だが、彼はそこからさらに声を張り上げた。
「帝国を見てみろ。たった数人の強者だけが甘い汁を吸って生きている。この国への侵攻も始まっているだろう。僕はそんな帝国を討つ! そのための互助会だ!」
その力強い宣言に、傍聴席からどよめきが起こる。大陸を脅かす帝国への恐怖は、西国の市民にとっても他人事ではない。アレンは、自身の組織を「打倒帝国」という巨大な正義にすり替えたのだ。
「それでも……彼らを洗脳し、自分の意思を奪うような契約は間違っています! それは自由意志を踏みにじる行為です!」
私が必死に叫んだ瞬間だった。
「自由意志? 彼らは自らの意志で『一発逆転したい』と契約したのだ。聖女様、あなたは彼らの尊い自由意志を、国家の権力で踏みにじるおつもりか!?」
アレンが両手を広げたその時、私の『聖女の眼(魔力視)』が、あり得ないものを捉えてしまった。
アレンの背後に渦巻く、巨大でどす黒い闇の塊。
それは、数百万人の労働、疲労、筋肉痛、そして死の恐怖といった【マイナスの経験値】の集合体だった。莫大な魔力を吸い上げる裏で、彼はこの致死量を超えるほどの負債と苦痛をも同時に所有し、たった一人で背負っていたのだ。
「うっ……!」
私は絶句した。この人は、どれほど重い罪と痛みをたった一人で背負っているの……? それほど帝国を憎み、復讐の炎を燃え上がらせているというの?
悪党であるはずの彼の姿が、なぜか誰よりも気高く、悲壮な覚悟を持った殉教者のように見えてしまった。
私の中に、彼に対する強烈な興味と、無自覚な執着が芽生え始めてしまった。
「結審とする! 陪審員による評決へ移る!」
裁判長の声が響く。首席検事であるバルド様は、自信に満ちた表情を浮かべていた。法律に照らし合わせれば、明らかな違法行為。有罪は揺るがないはずだった。
しかし――。
「……被告人を、無罪とする」
読み上げられた評決結果に、法廷は静まり返り、直後に割れんばかりの歓声が爆発した。
「ば、馬鹿な! なぜだ!」
バルド様が陪審員席に向かって怒号を上げる。
私は見てしまった。下を向く陪審員たちの大半が、その法衣の胸元に、アイギスブローチを隠し持っているのを。
西国における「法と正義」の根幹であるはずの陪審員たちすらも、すでにアレンの不労所得の甘い汁に屈し、彼の孫会員に成り下がっていたのだ。
勝負は、裁判が始まる前から決まっていた。
絶対的な法治国家のルールが、人間の「強欲」の前に完全に敗北した瞬間だった。
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【バルド視点】
裁判終了後の控室。
私は、自身の誇りであった六法全書を床に力任せに叩きつけた。
「くそっ……! あんな明らさまな悪党を、法で裁けないなんて……!」
膝から崩れ落ち、私は両手で顔を覆った。
法治国家の限界。
どれだけ完璧な法律を整備し、正義を振りかざそうとも、末端の人間たちが自ら進んで搾取されることを望み、司法の人間すらも買収(勧誘)されてしまえば、法は完全に無力化する。
アレン・クロウ。
あの男は剣も魔法も使わず、ただ「人間の欲」という決して裁けない感情だけを利用して、この西国という国家の司法を合法的に乗っ取ってしまったのだ。




