第19話 聖女対会長
【セリア視点】
「皆さん、どうか私の声を聞いてください! その契約した魔法陣は皆さんを不幸にしています! どうか目を覚ましてください!」
西国の首都、最も人通りの多い中央広場。私は純白の法衣を纏い、行き交う市民たちに向けて必死に訴えかけていた。
しかし、私の言葉に立ち止まる者は少ない。彼らの胸元には一様に、あの忌まわしい鉄のブローチが鈍い光を放っている。
「聖女様、あんたには俺たちの苦労なんかわからねぇよ」
「毎日祈ったって、腰の痛みは治らないしパンも買えないんだ。でも、この『星盾の互助陣』なら寝てても魔力が湧いてくるって代物だ。邪魔しないでくれ」
すがりつくように説得しても、彼らは冷ややかな視線を向けるだけだった。
不労所得という甘い毒は、すでに彼らの心を深く蝕んでいる。言葉だけで彼らの洗脳を解くのは不可能に近い。
「……ならば、私の身を削ってでも」
私は広場の隅で、虚ろな目をしながら魔物を狩りに行こうとする一人の若き冒険者を引き留めた。
彼の胸元にあるブローチに両手をかざし、神に授かった「本物の聖女」としての奇跡の力を解放する。魂に直接刻まれた絶対の契約を、光の魔力で強制的に浄化し、引き剥がすのだ。
「あっ……!? 聖女様、何を――」
パチンッ、という甲高い音と共に、若者の胸元からブローチが弾け飛び、粉々に砕け散った。
同時に、私の中にある莫大な魔力が根こそぎ持っていかれる感覚に襲われた。
「はぁっ……はぁっ……っ!」
全身の血の気が引き、私はその場にガクリと膝をついた。心臓が早鐘のように打ち、視界がぐらぐらと歪む。息をするのすら苦しい。
「セリア様!」
控えていた神官長マテウスが血相を変えて駆け寄り、私の体を支え上げた。
「なんという無茶を……! その強制解除の力は、聖女様のお命そのものを削る行為です! 一人解除するだけで、これほどまでに衰弱してしまうなど……! これ以上は危険です」
「それでも……」
私は荒い息を吐きながら、震える手でマテウスの袖を掴んだ。
「彼らをこの悪魔の鎖から解放しなければ……。一人でも救えるのなら、私の命など惜しくはありません」
立っていられないほどの激しい疲労と魔力欠乏。
自己犠牲の代償はあまりにも重かった。しかし、私はこの命が尽きるまで、忌まわしき悪の組織と戦い抜く覚悟を決めていた。
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広場での活動を終え、私はマテウスに支えられながら路地裏の木陰で荒い息を整えていた。
衰弱しきった体に、冷たい風が染み入る。
「素晴らしい自己犠牲ですね、聖女様。しかし、随分と非効率だ」
不意に、路地の奥からよく通る、ひどく甘い声が響いた。
私が顔を上げると、そこには冒険者や聖職者とは明らかに異質な、仕立ての良いスーツを隙なく着こなした青年が立っていた。
警戒心を抱かせない爽やかな笑顔。しかし、彼が纏うオーラには、底知れぬ深淵のような絶対的な余裕と威圧感があった。
「あなたは……?」
「初めまして、セリア様。アレン・クロウと申します。我々の互助組織を随分と目の敵にされているようで」
アレン・クロウ。
この国を狂わせているあの『星盾の互助陣』の首謀者。
私は力を振り絞り、マテウスの制止を振り切って自らの足で立ち上がった。
「あなたが……人々を不幸のどん底に突き落としている悪魔ね!」
「不幸、ですか?」
アレンは胡散臭い笑顔のまま、大げさに肩をすくめた。
「あなたの祈りで、この国から貧困は無くなりましたか? 怪我をして働けなくなった者は救われましたか? 僕のシステムは現に彼らを豊かにし、希望を与えている。綺麗事では人は救えないのですよ」
「詭弁です! あなたは彼らの欲を煽り、気付かぬうちに大切なものを奪っているだけ!」
私の激しい弾劾にも、アレンは顔色一つ変えない。
それどころか、私を一人の人間としてではなく、何か面白い実験動物でも見るような、底冷えのする目で観察していた。
「あなたとは、いずれ決着をつける時が来るでしょう」
私はありったけの意思を瞳に込め、彼を真っ向から睨みつけた。
この男のシステムは、私が全てを賭けて破壊する。
そんな私の宣戦布告を受け、アレンは目を細め、静かに、そして楽しげに笑い声を漏らした。
「僕としては手を取り合っていきたいのですがねぇ」
その言葉の裏に潜む悪魔的な響きに、私は得体の知れない悪寒を感じずにはいられなかった。
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【アレン視点】
西国の裏通りに設けた隠れ家に戻ると、テオが神経質そうに魔石演算機を叩きながら報告してきた。
「アレン。西国での末端会員の契約が一人、強制的に解除されたよ。絶対であるはずのシステムに、微小だがエラーが生じている。どうやらあの『聖女セリア』の仕業のようだ」
「チッ、ふざけやがって。俺が今からあの女をブチのめしてこようか?」
ザックが苛立ち気に拳を鳴らすが、僕はそれを静かに手で制した。
「放っておけばいいさ。莫大な魔力を消費して、一日一人だけの救済ですか。随分と非効率で美しい善意だ」
僕は先ほど路地裏で交わした、あの純粋無垢な聖女の顔を思い出し、喉の奥で冷たく笑った。
自らの身を削ってでも人々を救おうとする、狂気的なまでの自己犠牲。
彼女の行動によって、僕の組織に僅かなほころびが生まれたのは事実だ。しかし、一日一人を解除したところで、一日数千人が新たに入会する僕のシステムの前では、砂漠に一滴の水を垂らすようなものに過ぎない。
「むしろ、彼女の存在はいずれ僕たちの『事業』にとって最高の呼び水になりますよ」
僕はソファに深く腰を掛け、グラスのワインを揺らした。
あの純粋な善意の塊。
彼女がもし、「一日一人しか救えない自分の無力さ」に絶望し、そして「僕のシステムの持つ圧倒的な合理性と魔力」の味を知ってしまったら、一体どうなるだろうか。
誰よりも真面目で、誰よりも人々を救いたいと願う聖女。
それはつまり、何かの拍子でそれが裏返った時……。
くっくっくっ、面白くなりそうだ。
「さあ、どこからでも、好きに挑んでくるといい。君のその美しい精神が崩壊する瞬間を、特等席で見せてもらいますよ」
一歩も動かずに流れ込んでくる莫大な経験値を全身で味わいながら、僕は自らの復讐の糧とさすべく、聖女を底なし沼へ引きずり込むための冷酷なシナリオを、頭の中で完璧に組み上げていた。




