第18話 聖女セリア
【アレン視点】
南国での圧倒的な成功を収めた僕たちは、予定になかった帝国軍とのちょっとした挨拶を交え、次なるターゲットである西国の聖王国エルディスへと足を踏み入れた。
ここは南国のような力と金が支配する混沌とした街ではない。整然とした石畳、天高くそびえる大聖堂、そしてどこからともなく聞こえてくる聖歌の調べ。法と信仰が絶対であり、地道な努力や清貧こそが美徳とされる神聖国家だ。
しかし、人間である以上、その奥底に潜む「強欲」の根幹は変わらない。
むしろ、厳しい規律と道徳で押さえつけられている分、一度タガが外れたときの反動は凄まじいのだ。
西国の裏通りに設けた隠れ家で、僕は革張りソファに深く腰を沈め、魔石演算機が弾き出す経験値の流入グラフを眺めていた。
「アレン。今日も大漁だぜ。この国の連中、口では神への感謝だの祈りだの言ってるが、いざ『甘美』を見せつけてやれば、尻尾を振ってすり寄ってきやがる」
扉を蹴破るような勢いで入ってきたのは、武闘派幹部のザックだった。
威圧感のあるスリーピーススーツを窮屈そうに着こなしているが、その下にある異常発達した筋肉の鎧は隠しきれていない。
通常、新しい土地での勧誘は、人懐っこい笑顔と巧妙な話術を持つルカの独壇場だ。だが、この西国において意外なほどの適性を見せたのは、他ならぬザックだった。
「お疲れ様です、ザック。信仰に縛られた彼らにとって、君のその剥き出しの力は、ひどく魅力的に映るのでしょうね」
「ああ。小難しい法律や教典なんかで腹は膨れねぇからな。力こそが正義だ。俺が指一本で大岩を砕いてみせれば、連中の目は一瞬で好奇と憧れに染まる」
ザックがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
西国の市民たちは、建前上は聖教会の教えに従い、地道なレベル上げを推奨されている。だが、現実には魔物に怯え、日々の糧を得るのにも苦労している者が大半だ。
そんな彼らの前に、圧倒的な武力と雄々しさを持つザックが現れ、「祈っていても強くなれねぇ。俺の『星盾の互助陣』に入れ。力と不労所得を与えてやる」と告げるのだ。
法と信仰とは真逆の、野性的で絶対的な強さ。
それは、規律に縛られていた彼らにとって、麻薬のような劇毒だった。ザックの放つ暴力的なまでのカリスマに魅了され、自らアイギスブローチを求める者が後を絶たない。
「アレン様! ザック様の勧誘により、本日だけで新たに二千人の市民が契約を結びました!」
テオが魔石演算機の画面を操作しながら、興奮気味に報告してくる。
「素晴らしいペースですね。この国の『清らかな建前』が崩れ去るのも時間の問題でしょう」
僕は一歩も動くことなく、新たに流れ込んでくる西国の経験値を心地よく味わっていた。
毎日真面目に祈りを捧げていた彼らが、今は僕のピラミッドの下部組織として、血眼になって次の生贄を探している。
なんという美しい光景だろうか。人間の欲を満たす僕のシステムは、神の教えすらも凌駕するのだ。
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【セリア視点】
祈りを捧げる大聖堂のステンドグラスから、柔らかな光が差し込んでいた。
私は祭壇の前で静かに目を閉じ、神へ感謝の祈りを捧げていた。
私は、この聖王国エルディスで「本物の聖女」として信者から称えられ、神の教えを説いている。
神の与えたもうた奇跡の力で、傷ついた人々を無償の愛で癒やし、健全で地道な努力の尊さを伝えること。それが私の使命であり、喜びでもあった。
しかし最近、この平穏な国に、得体の知れない黒い影が落ち始めている。
「セリア様……。またです。また、祈りの時間に欠席する信徒が増えました」
神官長のマテウスが、沈痛な面持ちで私の元へやってきた。彼の厳格な顔には、深い疲労と焦燥が刻まれている。
「どういうことですか、マテウス。皆、病にでも伏せているのでしょうか?」
「いえ……それが。街の様子がおかしいのです。信徒たちがこぞって、地道な労働や鍛錬を放棄し、怪しげな鉄のブローチを身につけるようになっているのでございます」
マテウスの言葉に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「『寝ているだけでレベルが上がる』『互助組織に入れば不労所得が得られる』。彼らはそんな甘い言葉にそそのかされ、教会の教えを捨てて、他者をその怪しげな組織に引き込むことに熱中しているのです」
「そんな……。何の苦労もなく強くなれるなど、あり得ません。それは神の摂理に反しています」
私は立ち上がり、大聖堂の扉を開けて街の様子を見下ろした。
いつもなら、穏やかな笑顔で挨拶を交わす市民たち。だが今の彼らの目は、どこか熱に浮かされたように血走り、胸元には見慣れぬブローチを光らせている。
先日、広場で偶然見かけた光景が脳裏に蘇る。
恐ろしいほどに筋骨隆々とした大男――ザックと名乗っていたか――が、圧倒的な力を見せつけながら人々を煽動していた。
『神に祈って腹が膨れるか! 力が欲しいなら俺たちに続け!』
その野蛮で暴力的な言葉に、普段は敬虔なはずの市民たちが歓声を上げ、群がっていく姿。
それは、私たちが築き上げてきた法と信仰の秩序を、根底から破壊する行為だった。
「その魔法陣は、彼らの魂を蝕んでいます……」
私は両手を強く握りしめた。
彼らは気付いていない。一見すると楽をして恩恵を得ているように見えるが、その代償として、人間としての真っ当な成長や、助け合いの精神を失ってしまっていることに。
これは単なる詐欺ではない。人々の「欲」を底なし沼のように引き出し、破滅へと向かわせる悪魔の所業だ。
「マテウス。これ以上、被害を拡大させるわけにはいきません」
「セリア様……しかし、相手は得体の知れない組織。危険でございます」
「私が皆さんの目を覚まさせなければ。神から与えられたこの力は、迷える人々を救うためにあるのですから」
純粋な正義感と使命感が、私の心を満たしていく。
あの恐ろしい組織を率いる者が誰であれ、私は決して屈しない。無償の愛と正しい努力の価値を、取り戻してみせる。
私は純白の法衣の裾を翻し、決意と共に大聖堂を後にした。




