第17話 帝国軍大隊の襲撃
【ハンス視点】
俺はハンス。覇軍帝国ガルディア軍の末端兵士だ。
粗悪な鉄鎧のせいで、行軍のたびに肩が擦れて痛む。俺たちのような平民出身の兵士は、上官の命令一つで低賃金で最前線に立たされる、文字通りの「使い捨ての駒」だ。
今回の任務は、南国方面で幅を利かせているという詐欺集団の捕縛。
どうせまた、上層部の貴族どもが自分たちの懐を潤すために、自分たちの利権を脅かしそうな連中を潰すのだろう。この国に対する忠誠心なんて、とっくに擦り減って無くなっている。
西国へ向かう街道の途中で、偶然にも俺たちはターゲットである詐欺集団一行と遭遇した。
相手はたった数人。こちらは完全武装の一個大隊だ。どう考えても負けるはずがない。
「賊どもを包囲しろ! 一斉攻撃だ!」
後方の安全圏から、恰幅の良い上官が甲高い声で命令を下す。
俺たちは一斉に弓を引き、魔法部隊が攻撃呪文を放った。数え切れないほどの矢と魔法の光が、アレンという優男に降り注ぐ。
轟音と共に土煙が舞い上がった。終わった、と誰もが思った。
だが――。
「……嘘だろ」
誰かが絶望の声を漏らした。
土煙が晴れた後、そこには傷一つ負わず、服の埃すら払うことなく涼しい顔で立つ相手大将らしき姿があった。彼の周囲には、目視できるほど高密度の魔力障壁が展開されており、俺たちの攻撃はそれに触れることすらできていなかったのだ。
次元が違う。これは、人間が相手にしていい存在ではない。
圧倒的な絶望に包まれる俺たち末端兵士に向け、ヤツは冷酷だがひどく甘い笑顔を向けた。
「無駄な疲労は経験値の質を下げますよ。さて、君たちに究極の二択を与えましょう」
ヤツは懐から、鈍く光る鉄のブローチを取り出して掲げた。
「低賃金で使い捨てにされ、このまま帝国のために犬死にするか。それとも、我々の『星盾の互助陣』に入り、不労所得を得ながら生き延びるか」
その言葉に、俺の心は大きく揺らいだ。
帝国のために死ぬ?冗談じゃない。俺はただ、身の安全を確保して飯を食っていきたいだけだ。この化け物に逆らえば確実に殺される。ならば、あの怪しいブローチを受け取ってでも生き延びるのが現実的な選択ではないか。
俺が思わず一歩前に出ようとした、その時だった。
「貴様ら! 帝国の誇りを忘れたか!」
上官の怒号が響き渡り、俺の首筋に冷たい剣の刃が当てられた。
「こんな怪しいブローチなど、ただの詐欺だ! 目を覚ませ! 背を向ける者は、この場で反逆罪として処刑する!」
上官の目は血走り、完全にパニックに陥っていた。
ヤツの申し出に乗れば上官に殺される。しかし、誘いを断ればヤツに殺される。
俺は全身をガタガタと震わせながら、ギュッと目を閉じ、死を覚悟して足を止めた。
「……なるほど。誇り、ですか」
ヤツは呆れたように小さく息を吐いた。
「実に無駄で、非効率な感情ですね。まあいいでしょう。そのうち、君たちの組織が『命を捧げるほどの価値はない』という現実を、たっぷりと教えてあげますから」
相手の大将は興味を失ったように背を向け、そのまま歩き出そうとした。
「おいおいアレン! せっかく帝国兵のツラを思い切り殴れると思ったのに、一発も殴らせてくれねえのかよ!」
背後に控えていた大男――ヤツの仲間らしき人物が、物足りなさそうに不満をぶつけた。
「無駄な殺生は利益を生みませんよ、ザック。彼らは後で、必ず我々の経験値として刈り取りますから」
そう言い残し、ヤツら一行は俺たちに背を向けて悠然と立ち去っていった。
何故だかわからないが、俺は命拾いをした。
冷や汗でびっしょりになった背中で、上官の怒号が響く中、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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【ガウェイン視点】(帝国の聖騎士団長)
覇軍帝国ガルディアの帝都、軍令本部。
円卓を囲む帝国上層部の会議室は、水を打ったような重苦しい沈黙に包まれていた。
私は最強の聖騎士団を率いる団長として、席の末座でその信じがたい報告書を睨みつけていた。
「バカな……! 一個大隊だぞ!? それが、たった数名の賊を前に、指一本触れることすらできずに敗走しただと!?」
ヴォルグ伯爵が顔を真っ赤にして叫び、報告書をテーブルに叩きつけた。数日前まで「適当に泳がせておけ」と余裕ぶっていた彼の顔には、今や明らかな焦燥と恐怖が張り付いている。
帰還した兵士たちの報告は、にわかには信じがたいものだった。
標的であるアレン・クロウは、一歩も動かずに大隊の一斉攻撃を魔力障壁で完全に無力化したという。そして、あろうことか戦場において、末端の兵士たちに「不労所得」をちらつかせ、システムの勧誘を行ったというのだ。
「奴は……アレンという男は、ただの詐欺師ではない」
私は低く、重い声で口を開いた。
「報告によれば、南国の冒険者たちが魔物を狩るたびに、その経験値がアレンの元へ集約されているという噂があります。それが真実であれば、奴の異常な魔力障壁の説明もつく」
会議室の空気が一段と冷え込んだ。
つまり、『星盾の互助陣』とは、愚民から小銭を巻き上げるだけの単なる金集めの詐欺などではない。
南国の数百万人の労働と戦闘行動……その「経験値(物理的な力と魔力)」を際限なく吸い上げ、頂点に立つ一人を際限なく強化し続ける、悪魔的システムなのだ。
しかも奴は、我々帝国の兵士すらも洗脳し、そのシステムに取り込もうとしている。
「ヴォルグ伯爵……。あなたの『傲慢さ』が、この事態を招いたのですよ。奴隷の浅知恵と見くびり、奴らを放置した結果がこれです」
私の指摘に、ヴォルグ伯爵は悔しげに唇を噛み、反論すらできなかった。
帝国の誇る軍事力も、兵士たちの忠誠心が揺らげば一瞬で瓦解する。最前線で命を張る末端の兵士たちが、低賃金の帝国を捨てて不労所得の甘い汁になびけば、我々は内側から喰い殺されることになる。
「事態は極めて深刻です」
私は皇帝陛下が座るべき空の玉座へ向けて、深く頭を下げた。
「直ちに、アレン・クロウの危険度を『国家存亡の危機』レベルへと引き上げ、全軍に警戒態勢を敷くべきかと存じます。奴は今、我々帝国にとって最大の脅威です」
帝国の絶対的な武力と権威が、目に見えない「強欲」というシステムによって侵食され始めている。
私たちはここでようやく、かつて自分たちが泥水の中に踏み躙った奴隷が、いかに恐ろしい復讐の刃を研ぎ澄ませていたかに気づいたのだった。




