第16話 ターゲット変更
【アレン視点】
南国の歓楽街の地下深く。かつて僕たちが身を潜めていた薄暗い廃倉庫は、今や見る影もない。
床には最高級の絨毯が敷き詰められ、壁には美しい幾何学模様が施された魔石照明が柔らかな光を放っている。
ここは星盾の互助陣の幹部専用に作られた、新たな隠し会議室だ。
僕は仕立ての良いスーツの感触を楽しみながら、最高級の革張りソファに深く腰を下ろした。目の前には、故郷メトリアの技術を応用してテオが組み上げた巨大な魔石演算機のパネルが淡い光を放っている。
そこに映し出されているのは、僕を頂点とした組織の莫大な拡大図――無数の光の点が連なる、巨大なピラミッドだ。
「テオ、現在の南国支部の会員数はどうなっていますか?」
僕の問いかけに、経験値流動・データ分析統括のテオが神経質そうに眼鏡を押し上げ、演算機の画面をスワイプした。
「驚異的な数字だよ、アレン。南国ファルサの全人口の、実に三割がすでに『星盾の互助陣』に組み込まれている。末端の冒険者だけじゃない。商人、職人、さらには農民までが、不労所得の甘い夢に囚われている」
人口の三割。もはや一国家のインフラや宗教と言っても過言ではない規模だ。
最初は、故郷を滅ぼした帝国貴族どもを狩るためにもっと過酷な勧誘活動を想像していた。
しかし、人間の「強欲」というものは、僕の想像を遥かに超えていた。
「楽して稼ぎたい」「あいつより上の立場になりたい」。その浅ましい欲望を動力源に、システムはネズミ算式に増殖を続けている。
僕の体内には今この瞬間も、毎秒毎秒と、致死量に等しい莫大な経験値が流れ込んでいる。
末端の会員たちが泥水にまみれて魔物を狩り、ツルハシを振り、汗水流すたびに、その経験値の九十パーセントが親へ親へとマージンとして自動送値されてくるからだ。
僕は一歩も動いていない。指一本動かさずとも、僕の肉体は神の領域へと近づき、魔力回路は焼き切れるほどの熱を帯びて強化され続けている。
「……美しい。なんて完璧な搾取の数式なんだ」
もはやこの南国は、僕にとって完全に自走する集金――いや、経験値収集システムとして完成したと判断していい。
僕は満足げに微笑み、傍らに立つ信頼できる奴隷仲間の青年に声をかけた。
「ルカ。今日をもって、君をこの南国の統括責任者に任命します」
勧誘統括マネージャーであったルカは、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに人懐っこい、しかし底知れぬ自信に満ちた笑顔を浮かべた。
「僕に、この巨大な支部を任せてくれるのかい? アレン」
「ええ。君のその完璧な話術と人心掌握術があれば、残りの七割を飲み込むのも時間の問題でしょう。この国は、君に任せます」
南国はもう十分にしゃぶり尽くした。組織をさらに巨大化させるためには、新たな市場を開拓しなければならない。
「ザック、カルメン、テオ、ガンツ、バッカス、ジェスター。君たちは僕と共に来てください。次のターゲットは……西国です」
武闘派幹部のザックが獰猛な笑みを浮かべ、女性勧誘担当のカルメンが優雅に扇を広げた。
次なる狩場、法と信仰の聖域である西国。そこには「無償の愛」を説く本物の聖女がいるらしい。
この純粋な善意どもを、強欲の泥沼に引きずり込み、システムの養分に変えて復讐のための糧となってもらう未来が楽しみで仕方がない。
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【ヴォルグ伯爵視点】(帝国貴族)
大陸の中央に陣取る軍事と階級の覇権国家――覇軍帝国ガルディアの帝都。
私は豪奢な宮廷のバルコニーで、グラスに注がれた極上の赤ワインを傾けながら、諜報部から上がってきた分厚い報告書を鼻で笑い飛ばした。
「馬鹿馬鹿しい。なんだこの『星盾の互助陣』というふざけた名前は」
報告書によれば、南国方面で謎の互助組織が爆発的に勢力を拡大しているらしい。
そして忌々しいことに、その組織の首謀者たちは、かつて我が国の鉱山から脱獄したあの薄汚い逃亡奴隷どもだというのだ。
「首謀者、アレン・クロウ……。ああ、思い出したぞ。理法国メトリアから連行されてきた、生意気な目つきのガキか」
私はかつて、彼らを奴隷として酷使し、虫ケラのように見下していた高尚な帝国貴族の一人である。
あの貧弱で、毎日泥水にまみれてツルハシを振るっていただけの家畜ども。
それが、南国で一丁前に組織を立ち上げ、人口の三割を飲み込んでいるというのだ。
報告書の末尾には、聖騎士団長ガウェインからの意見書も添えられていた。鉱山監獄が内部から物理的に粉砕された形跡を挙げ、「未知の強大な脅威が存在する可能性が高く、極めて慎重に対応すべきだ」と、酷く神経質な進言が記されている。
だが、私はその文面を鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。あの貧弱な奴隷のガキどもに監獄を吹き飛ばす力などあるはずがない。天下のガウェインともあろう者が、警備の不手際をありもしない化け物のせいにして、見苦しい責任逃れをしているだけだろう。何かの間違いに決まっている」
諜報部の見解では、「経験値を自動で吸い上げる未知の魔法陣が使われている可能性がある。警戒すべきだ」とのことだったが、私はその一文を読み流し、報告書をテーブルに放り投げた。
「ただの愚民どもから小銭を巻き上げる、下劣な詐欺システムに過ぎん。帝国上層部を煩わせるような案件ではない」
もしそんな都合の良い自動搾取の魔法陣が実在するなら、我が帝国がとっくに軍事利用しているはずだ。
奴隷の浅知恵で考えた、怪しい組織。無知で哀れな南国の冒険者どもが、甘い言葉に踊らされているだけのことだろう。
「ヴォルグ伯爵。いかがなさいましょう。ただちに精鋭の討伐軍を向かわせますか?」
控えの騎士が問いかけてくる。私はグラスのワインを揺らしながら、鷹揚に首を振った。
「放っておけ。奴隷どもが必死に小銭を集めているのだ。泳がせて、適当に太らせておけ。最後に我が帝国の武力で一網打尽にして接収し、我々の資金源にしてしまえばいい」
帝国の圧倒的な武力と、禁忌の古代兵器の前に、詐欺師の集団など赤子も同然だ。
力こそが全てであり、小手先のビジネスなど暴力の前にはひれ伏す運命にある。
「とはいえ、あまり調子に乗らせておくのも癪だ。南国方面へ、末端の兵士どもで構成された軍隊を派遣しろ。適当に威圧して、首謀者どもを捕縛・吸収してこい」
低賃金で最前線に立たせている、使い捨ての末端兵士たち。彼らなら、こういう雑務にはうってつけだ。
「御意」
騎士が頭を下げて退出していく。
私は帝都の空を見上げ、傲慢で残酷な笑みを浮かべた。




