第15話 熱狂する冒険者たち
【トマ視点】
かつてのパーティメンバーだった男を見つけ、無理やり笑顔を作って肩を叩く。
「おい、久しぶり! ちょっとお茶でも飲まないか? 実はさ、絶対に強くなれる凄い話があって——」
「……お、おいトマ、お前最近ちょっとおかしいぞ。目がいっちゃってるし、なんか気味が悪いからパスだ」
男は俺の胸元で鈍く光るブローチと、血走った目を見てドン引きし、逃げるように去っていった。
周囲の人を勧誘しようとしても、俺の余裕のなさと怪しさが前面に出てしまい、全くうまくいかない。
「なんでだ……なんで誰も俺の話を聞いてくれないんだよ……!」
酒場の片隅で頭を抱え、俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
不労所得の甘い夢はどこへ行った?俺は本当に、このまま搾取されるだけの底辺で終わるのか?
「おかしい、絶対に強くなれるはずなのに!」という疑念が、限界まで膨れ上がっていた。
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【アレン視点】
南国ギルド本部の地下に設けられた巨大な大広間。そこは今、異様な熱気と、鬱屈とした不満の渦に包まれていた。
集まっているのは、トマを始めとする数千人の下部会員たち。彼らは皆、命懸けで魔物を狩っているのに一向にレベルが上がらない現状に不満を持ち、システムへの疑念を抱き始めている末端の冒険者だ。
僕は仕立ての良いスーツの襟を正し、静かに壇上へと歩みを進めた。
大広間の二階席、VIP専用のバルコニーでは、大規模セミナー演出統括のジェスターが特等席からワイングラスを傾けている。彼が指を鳴らすと、絶妙なタイミングで会場の照明が落とされ、僕にだけ神々しいスポットライトが当てられた。
ざわめきがピタリと止む。会場の「空気(同調圧力)」が、ジェスターの演出によって完全に支配された瞬間だった。
「皆さんの顔を見ると、とても疲れているのが分かります」
僕は息を吐くように、よく通る甘い声で語りかけた。
「毎日ダンジョンに潜り、必死に魔物を狩っているのに、なぜ君たちのレベルは上がらないのか? システムがおかしいのか? ……いいえ、違います!」
僕は声を張り上げ、ビシッと末端の冒険者たちを指差した。
「それは、君たちの『経験値に対する感謝』が圧倒的に足りないからです!」
「か、感謝……?」
戸惑う彼らに、僕は容赦なく精神論の刃を突き立てる。
「魔物を倒した時、『あぁ疲れた』『早く帰りたい』とマイナスな感情を抱いていませんか? 勧誘を断られたとき、相手のせいにして、自分のアプローチの改善点を探す努力を怠っていませんか? その君たちのマイナスの波動が、せっかくの経験値を逃がしているんです!」
本当は、僕が構築した絶対的なマージン固定制(九十パーセント搾取)のせいで彼らのレベルが上がらないだけだ。しかし、僕はその構造的欠陥を一切語らず、全てを彼ら自身の「マインド(自己責任)」の問題へと鮮やかにすり替えていく。
「言い訳をするのはやめなさい! 成功者のマインドセットを持ち、全てを感謝で受け入れるのです!」
僕が言い放った直後、ジェスターの指示によって会場に感動的なBGMが静かに流れ始めた。
「紹介しましょう。君たちと同じ底辺からスタートし、マインドを変えたことで圧倒的な成功を手にした、我々の誇るトップリーダーを!」
壇上の袖から現れたのは、少女ミリーだった。
かつては粗末な服を着ていた彼女だが、今は見違えるほど美しいドレスを纏い、その胸元には上位層の証である『ゴールドブローチ』が輝いている。
「皆様、初めまして……」
ミリーはマイクの前に立つと、完璧なタイミングで大粒の涙をこぼした。
「私も最初は、皆さんのように疑っていました。レベルが上がらないのは環境のせいだと思っていました。でも、アレン様を信じて、文句を言わずに毎日三百匹のゴブリンを狩るマインドに変えたんです。すると、自然と私の周りに仲間が集まり……今は寝ているだけで、信じられないほどの経験値が集まり、魔力が湧いてきます!」
その涙ながらのスピーチは、あまりにも完璧だった。孤児院で培った彼女の「良い人に見られたい」という演技力が、最高に発揮されている。
会場の空気が、劇的に変わった。
物理的な搾取システムを隠蔽し、精神論へとすり替える悪魔的な洗脳誘導。ジェスターの空間演出と、ミリーの涙のスピーチを前に、末端の冒険者たちの目から疑念が完全に消え去っていく。
「そうか……システムがおかしいんじゃない。俺たちの努力と、マインドが足りなかったんだ!」
トマが叫び、それに呼応するように数千人の冒険者たちが熱狂的な歓声を上げた。彼らの瞳は狂気じみた光を帯びており、搾取されていることへの怒りは、「もっと働かなければ」という盲目的な信仰へとすり替わっていた。
翌日、彼らは文句一つ言わず、さらに死に物狂いで魔物を狩るためにダンジョンへと殺到した。
一歩も動かずに流れ込んでくる莫大な経験値の奔流を全身で味わいながら、僕は誰もいない暗室で、一人冷たい笑みをこぼした。




