第12話 ギルドマスターとの交渉
【アレン視点】
南国自由商業連盟国ファルサの冒険者ギルド本部。その最上階にあるギルドマスターの執務室は、むせ返るような高級葉巻の煙と、金貨の擦れ合う乾いた音に支配されていた。
僕は革張りのソファに浅く腰を掛け、目の前で葉巻をくわえる恰幅の良い男――ギルドマスターのドン・コルレを静かに見据えていた。彼の太い指には、嫌味なほど巨大な宝石の指輪がいくつもはめられている。
「それで、アレンとやら。お前さんの立ち上げた『星盾の互助陣』とやらに、このギルドごと協力しろと言うのかね?」
ドン・コルレは紫煙を吐き出しながら、探るような目で僕を見た。
「ええ。現在、南国の末端冒険者たちの間で我々の互助組織は爆発的に広まっています。ですが、より健全に、より大規模にネットワークを拡大していくためには、ギルドの『公認』が必要なのです」
僕は彼の赤い鼻頭を見て、爽やかな笑みを浮かべて答えた。
隣に立つ勧誘統括のルカが、ドン・コルレのデスクに分厚い革袋を静かに置く。中には、末端会員たちから吸い上げた経験値を利用してレベルアップした僕が魔物を倒して獲得した希少アイテムを売却して得た、莫大な量の金貨や希少素材が詰まっている。
「これは我々からの、ささやかな誠意です。ギルドが我々の活動を黙認し、そして一つの条件を飲んでいただけるのであれば、今後もギルドの利益は我々が保証しましょう」
「ほう……一つの条件、ね」
ドン・コルレは革袋の中身を一瞥したが、顔色一つ変えなかった。裏社会のボスを思わせるこの男は、多少の賄賂程度で首を縦に振るような安い狸ではない。
「単刀直入に言いましょう。南国のSランク冒険者であるガルド氏を、我々の組織の『広告塔』として差し出していただきたい」
僕の要求に、ドン・コルレはピタッと葉巻を動かす手を止めた。
ガルドは南国の頂点に立つ歴戦の勇士であり、冒険者たちの憧れの的だ。彼が星盾の互助陣のブローチを身につければ、「あのSランク冒険者もやっている」という強烈な社会的信用、すなわち権威付けになる。末端の冒険者たちを根こそぎ刈り取るための、最強の起爆剤だ。
「……ふん。ガルドはプライドの高い男だぞ。お前さんたちのような怪しげな商売に手を貸すとは思えんがね」
「そこを上手く立ち回るのが、ギルドマスターの手腕でしょう?」
「買い被らないでいただきたいな。それに、最近ギルドの戦力が低下していてね。お前さんの組織のせいとは言わんが、冒険者たちが魔物を狩っても一向に強くなっている気配がない。このままではギルドの存続に関わる」
ドン・コルレは核心を突いてきた。経験値の九割を僕が吸い上げているのだから、当然の事態だ。だが、彼は正義感でそれを非難しているわけではない。天秤にかけているのだ。僕と組むメリットが、ギルドの不利益を上回るかどうかを。
「アレン。お前さんが本当にそれだけの見返りをもたらす力があるのか、試させてもらおうじゃないか」
ドン・コルレはデスクの引き出しから、古びた一枚の羊皮紙を取り出して僕の前に投げた。
「街の東にある洞窟に住み着いた、『オーガキング』の討伐依頼だ。奴のせいで物流街道は封鎖され、周辺の希少鉱石の採掘もストップしている。ギルドに多大な不利益をもたらしているが、強大すぎて五年間も誰も手を出せずにいる代物だ」
「なるほど。それを僕に討伐してみろ」
「そうだ。お前さんがアレを仕留めて街道を解放できたら、ギルドはお前さんの傘下に下ろう。もちろん、ガルドもくれてやる」
ドン・コルレの口角が、意地悪く吊り上がる。
「ただし、監視役としてガルド本人を同行させる。ヤツ自身、過去にオーガキングに挑んで敗退している因縁の相手だ。お前さんの実力を測るには、うってつけの審査員だろう?」
僕を試すと同時に、ガルドのプライドも刺激する算段か。
僕はソファから優雅に立ち上がり、羊皮紙を手に取った。
「結構です。その依頼、引き受けましょう」
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街の東へ向かう獣道は、鬱蒼とした木々に覆われ、空気は湿気を帯びて重かった。
「おい、優男。本当にやる気なのか? 今からでも泣いて引き返した方が身のためだぞ」
背後から、見事な体格に豪奢な武具を纏った男――Sランク冒険者ガルドが、鼻で笑いながら声をかけてきた。彼の顔には無数の傷跡が刻まれており、歴戦の強者特有の威圧感を放っている。
「ご心配なく、ガルドさん。散歩のついでに片付ける程度の仕事ですから」
「……ほざけ。俺でさえ手も足も出なかった化け物だぞ。お前らのような、口先だけの詐欺師に何ができるってんだ」
ガルドは忌々しそうに吐き捨てた。彼は僕の互助組織を心の底から軽蔑している。
自らの力で泥臭く南国の頂点に立った彼にとって、「寝ているだけで強くなれる」などという謳い文句は、冒険者の誇りを汚す下劣な戯言にしか聞こえないのだろう。いい経験値を生みそうな、素晴らしいプライドだ。
「着きました。ここですね」
ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟の入り口。そこから漏れ出す濃密な血の匂いと、生物の本能を粟立たせるような暴力的な魔力の残滓に、ガルドは表情を強張らせ、無意識に大剣の柄に手をかけた。
『グルルルゥゥゥ……』
地鳴りのような唸り声と共に、洞窟の奥から巨大な影が姿を現した。
体長は優に五メートルを超え、岩のように分厚い筋肉の鎧を纏った赤黒い鬼。手には、大木を引き抜いて作られたであろう粗末だが凶悪な棍棒が握られている。
「チィッ……相変わらず、異常なプレッシャーだ……!」
ガルドが冷や汗を流し、大剣を構えて前へ出ようとする。
だが、僕は彼を制するように、片手を軽く横に伸ばした。
「ガルドさん、あなたは下がっていてください。僕の足手まといとなるといけないので」
「なっ……馬鹿野郎! あいつの一撃を食らえば、お前なんか簡単に――」




